人生最後の会社勤め(1)

2015年  05日 09:32
平成16年12月宇対瀬氏と新しい会社星野産商㈱の星野社長と3人で会食、星野社長とは初対面。
星野産商は中部鋼鈑の構内作業を請け負っており宇対瀬氏と星野社長とは昵懇の間柄であった。翌年1月末明徳産業退社後お世話になる旨挨拶した所、新年早々に熱田神宮近くの料亭で役職者全員で新年会を行うので顔見世に出席されたらとのお誘いがあり承諾した。
新年会は社長の訓示から始まった。最初にお会いした時には想像のつかない口調での叱咤、叱咤、叱咤、激励無しの叱咤、叱咤が続いてね、何しろ初めての同席での社長の訓示には度肝を抜かれ、こりゃぁマズイ会社に入ったんじゃないかなとその時は正直思ったね。
だから話の内容も覚えていないし、誰と話をしたのか、社長と後でどんな話をしたのか、そのまま帰ったのか二次会に行ったのか全然記憶が無い。叱咤、叱咤の口調だけはいつまでも耳に残っていたけれどね。
平成17年2月1日より出勤と最初は思っていたが、これが最後の勤めと思い1週間だけ入社を遅らせて貰った。入丸入社以来続いていた連続勤務の記録は途絶えたけれど、何かホット息をつけた1週間だった。
星野産商㈱は昭和26年に星野産業として創立、昭和36年に中部鋼鈑㈱のスラグ処理作業請負開始、昭和48年に産業廃棄物処理事業を開始、平成2年に医療廃棄物処理事業を開始し今日に至っている。諸事業の内容を詳細に説明しても大変だし、産廃処理、医療廃棄物処理は読んで字の如くでお判りの事と思う。
私が配属となったのはリサイクル事業部、事務所はプレハブの平屋建て、社長の方針で加工工場、倉庫、製品置き場は整備されていたが非生産性の事務所はこれで良いとの考えに同感。

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