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徒然日誌 傘寿旅行③

2018年  11日 10:23
〇 翌日6日も快晴、今日が私の80歳誕生日当日だ。いつもの様に朝風呂に入ってすっきりした後、未だ朝食迄時間もあるので窓から見える湖に突き出した岬の様な所迄妻と散歩に出た。行きはホテルから下りの道で案外近かったが、当然帰りは上りで肺気腫の私には結構辛かった。
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背景はダム湖で橋の下辺りが大井ダム。 恵那峡看板前  ホテル東館上から2階目右からの3部屋。

 岬の先端からホテルの娘や孫に連絡して起こしたのは悪かったが丁度問題が起きていて、長男の上の孫が39度近い熱が出ているとの事。結局、これからの行動も同行は無理だし早く医者に見せる必要もある事から下の孫一人を残して両親と先に返す事にした。(病院での診断ではインフルエンザでも無く扁桃腺炎症の熱だったが7日にも熱は下がらず8日迄会社の研修を休ませる事となってしまった。悪いことしたな)

 我々10名は予定通り遊覧船での恵那峡めぐりに出発、振動の少ないジェット船で天井まで伸びた窓から見える新緑の中の奇岩は見事なものだった。船内案内で両岸の岩の形から命名された説明を聞きながらの30分の周遊は素晴らしいものだった。
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軍艦岩や獅子岩や観音岩と船内の孫達。

 遊覧後に岩村城址に向かう、私は以前ある会の旅でこの城址には上った事があった。岩村城(別名霧ケ城)は日本三大山城(大和高取城、備中松山城)の一つで標高721mも山頂に築かれており、信長の叔母が女城主として治めていたのも有名である。

 前回は正面から上った為かかなり歩行がハードであった記憶があったが、今回は先頭車の娘婿がかなり細い山道を進み下山の車とのすれ違いには怖いと思った事もある位で以前とは違う道だと思われた。狭い道から駐車場に着いた時は本当にほっとしたが、そこは既に頂上本丸の直ぐ下迄来ていたんだ。そこから高い石垣の下を通って埋門跡に着いたが、当時と体調の違いもあってかこの短い坂道もかなり厳しく、最後の石段は私には崖みたいに感じたものだ。
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埋門跡        頂上岩村城址:何故か人物無しの同じ写真が消えてしまった、怪奇現象か
 
*3回で終わる予定であったが、この後回ったNHK朝ドラの「半分、青い」のロケ地でもあった岩村城下の町並みは次回照会したいのでお付き合い下さい。

COMMENT 4

ごくしげ  2018, 05. 11 [Fri] 19:50

新緑の中を遊覧船観光^^
爽やかな緑、気分爽快でしょうね。
ちょうど良い時季ですね。

お孫さん高熱で途中帰宅とは気の毒!
インフルエンザでなくて、まぁ、良かったのかなぁ^^

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エースの城  2018, 05. 12 [Sat] 08:08

To ごくしげさん

コメント有難うございます。
長々と旅行記を続けて申し訳ないです。次の卒寿迄おられるかどうか判りませんので。
パソコンに迷惑ウイルスが取り付いたので14日に修理に出しますので暫くお休みします。

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ごくしげ  2018, 05. 12 [Sat] 22:14

城さんの言葉、卒寿までおられるかどうか
分かりません。
って、なんか寂しくなりましたね。
どうぞ長生きしてください。
そして元気にブログ続けてください。

数年前、私のブログをよく訪問され
コメントを頂いている方が亡くなられましたが
当時すごくショックだった思い出が。
お会いしたこともないのに、こんなに寂しい思いを
したのが信じられないくらいでした。

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エースの城  2018, 05. 13 [Sun] 10:17

To ごくしげさん

わざわざご丁寧に恐れ入ります。神妙な事を言っている男が、本当は一番しぶとく生きながらえて行くのではないでしょうかね。
ごくさんはお若いようだから大丈夫と思いますが、お互い元気にブログでぼやき合いましょう。

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