連続:サラリーマン生活物語(その7)

2015年  16日 11:18
簡単に済まそうと思った話の流れが何故か長くなってしまっている。仕方ないよな、入丸時代から日鐵商事時代と30年強過ごして来ると、取捨選択しても話は尽きないしまともな仕事の話は全てカットしても沢山あるんだ、30年だものな。
機材課は前記2社との取引をメインに順調に業績を伸ばしていたが就任後12年位の間に「その5」の記事にも載せた砂堀君がMMI㈱に出向した数年後に、背骨に出来た癌性腫瘍で亡くなる不幸もあった。「課長の演歌は唱歌みたいですよ、もっと小節をきかせなきゃぁ」と自分は下手なくせに偉そうにケチをつけていたが、毒舌も病には勝てなかったか。
今一人の大橋君(大鋼)は君津営業所に転勤になった時、所長からいじめにあっていると言う電話をくれた。転勤の時に杉浦部長から必要な人材だから我慢してくれと言われ、本人の為にもなると思い承諾したのにどういう事か、嫌なら戻して貰ってくれと部長に噛み付いたら、その後いじめは無くなったと感謝された事もあった。
その後、新会社になってから採用された新人の藤井君が機材課に配属されたが、数年後に彼の仲人を務めたのが私の生涯唯一の仲人であった。結婚式に彼が選んだ美しい海の見える教会は、私の素晴らしい仲人の挨拶と共に彼の心に決して忘れる事の出来ない一コマとなっているに違いない。仕事に行く途中車の中で長渕剛の「とんぼ」を教えてくれたのも彼だったし、野暮ったい感じの割には仕事も出来、歌も上手かった。今も夫婦仲良く過ごせているのは、仲人が夫婦円満の手本となるような私達であったお陰だと彼は判っているのだろうかな。(ハクション:彼のくしゃみ)(続く)
2015_0414龍哉結婚式0018

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