連続:サラリーマン生活物語その1

2015年  06日 11:31
最初に記事にしようと思った会社は、私が大学卒業してすぐ入社した会社から数えて5番目の会社になる。勿論サラリーマン生活の最後の会社である。この会社に至る迄の経緯を少し書いて行った方が解り易いと思うので暫くお付き合い戴きたい。人生の大半を過ごしたサラリーマン生活、何か記録に残したい気持もあってね。書いていく記事には多少自慢げな鼻持ちならない所もあるけれどこれも我慢して戴きたい。最初から堅苦しい書き方になっていてごめん。
昭和37年Y大経済学部卒業、同じ下宿の同期生との就職活動で、学校に来ている求職の一覧表を見る前に彼と話し合った。余り学校の成績も良い方とは言えなかったので「大森君、今から求人案内を見るに当たってまず私から候補を決める、ここで会社の資本金の最低条件は10億円、条件に合った会社が出た順に申し込む事にしよう」
求人票はあいうえお順に綴じてあり、最初に出たのが入丸産業㈱10億円:鉄鋼問屋、これが私、次に出たのが大阪鋼材㈱10億円:鉄鋼問屋、これは大森君。
どんな会社かも判らない上に自分の希望も目標も無く人生の最終就職先をこのような方法で決めた時のあの時の気持を今は思い出す事が出来ない、あの時代は特に就職難でも無く滅茶滅茶成績が悪かった訳でもないのに、これが私の人生の分岐点だったかな。
筆記試験の後の面接で「希望勤務先ありますか」「八幡支店がいいです」「仕事の内容に希望は」「総務課をお願いします>」「本社の総務はご覧の通りだが支店の総務は大したことないよ」「じゃぁ営業いいです
同じ大学から2人希望し私だけ入社が決まった。今と違って入社が決まると次の学校推薦先(私は三菱電機)は自動的に取り消されてしまうのを私は知らなかった。入丸産業の同時入社は男37人女21人、私の社会人生活第一歩が始まった。因みに大森君も大阪鋼材が決まっていた。(続く)
  

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