私の生涯日誌 その216

2016年  27日 08:05
[たわらや]には前に述べた様にカラオケが無く、持参した携帯カラオケセットが威力を発揮し退屈せずに済んだ。翌日の永平寺の法要も慣れたもの前回同様大勢のお坊さんの読経の中で滞りなく母の17回忌の法要は終了した。これからの予定は安土城に登ってそのまま三重県湯の山の宿「オテル・ド・マロニエ」に入るルートである。安土城はご存知織田信長の最後の居城、明智光秀の謀反により城はは焼却されてしまい、今はその絢爛豪華だった天守部分が復元され地上の信長館で間近に見る事が出来る。
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「たわらや」広間で記念撮影して食事。
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部屋に戻ってのカラオケ三昧、珍しく次兄も歌いましたね。

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永平寺での母の17回忌法要無事終了。
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安土城の登り口横の館跡    殴り込みじゃ無いよ、背景に見える石段が安土城の登り口。かなり急な石段で杖の準備。これから登る石段の左右には秀吉屋敷跡、柴田勝家屋敷跡、前田利家屋敷跡、森蘭丸屋敷跡等名の知れた武将たちの屋敷跡があったが全て敷地のみ。こんな所から城まで良く登ったものだと思われる石段、直線では無く曲がりくねっている、さぞかし大変だったと思う。それよりお城の登り口の前は畑ばかり、楽市楽座等町作りも行われたと聞いていたが、そのような気配も見えず虫の声と言いたくなる様な田舎の景色、昔はどんな賑わいだったのか想像もつかないと言うのが本音だった。
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この様な石段ばかり、途中石垣はあったが目を引くような石垣でも無かった。途中の裏手にお寺のような朽ちた建物があり、仁王様のいる門の前で撮影。寺の名前も由緒も解らず。

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