私の生涯日誌 その204

2016年  13日 09:28
平成20年の憲二との大阪行きから九州のクラス会、憲二夫婦との普賢岳旅行迄行って、急遽平成18年の兄弟夫婦の母13回忌法要旅行と戻ってしまったが、え~いこうなったら今一件平成19年の東京行きにも戻ってしまおう。後で心残りになってもいけないのでね。

平成19年3月8日から10日迄妻と一緒に東京の娘の家に行った。孫娘の文化祭見学が主目的だったが何故かその写真は無い。西東京市の娘の家から歩いて行ける長兄の家に寄り東京見物に出かける事にした。東京の街が余り好きでは無かった所為か、以前の会社にいた時、本社に出張に来た時もどこにも見物に行かず、真っ直ぐ九州や名古屋に帰る始末で、東京の街は殆ど知らないと言っても良かった。長兄夫婦と娘を含めた5人でまず浅草の浅草寺へ、お参りと言うより見物だね。
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アサヒビールの本部ビルに隣接すうスーパードライホールの屋上のうんこみたいな感じのもの、何だろうと思っていたら躍進するアサヒビールの心を表す燃える炎と言うフランスのデザイナーが作ったオブジェだそうだ。どう見ても炎より「うんこ」だよね、うんこビルの愛称で呼ばれているのも無理ないね。
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その後葛飾柴又の寅さんに会いに行った。柴又駅前に寅さんの銅像があるとは知らなかったけれど、柴又を全国に知らしめた寅さんには感謝すべきだね。私はVHSの時代に映画全部を録画したが、DVDと違って場所を取るし、写りも悪いしその後一度も見た事が無い。最近又テレビ放映が始まっていて見た事があるが、何となく渥美清の演技も鼻について昔見た時の様な感激が無い。私も歳をとったのかなぁ。モデルの団子屋にも寄って団子を食べたり帝釈天にも寄ってみた。今にも笠智衆演じる御前様が現れそうな錯覚を覚えたね。
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COMMENT 2

あんてぃっく壱  2016, 09. 13 [Tue] 20:18

柴又まで15分

私が生まれ現在も仕事場の市川は 帝釈天の裏の江戸川を渡ったところです。
唄で有名な「矢切の渡し」
お近くまでいらしてたのですね~

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エースの城  2016, 09. 13 [Tue] 21:11

To あんてぃっく壱さん

コメント有難うございます。
寅さんの映画では家に帰るのに土手を歩くシーンが多いですが、あの川が江戸川ですよね。あれは帝釈天の裏になるのですか。地理に疎いのですが壱さんのお宅は近いのですね。下町になるのですか。江戸っ子ですね。

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