私の生涯日誌 そお186

2016年  04日 13:02
勢濃工業㈱、勢濃生コン㈱にどのような伝で訪問するようになったか記憶がないんだが、多度工場によく通った。元住友セメントに居て勢濃に入ったと言う中島部長は、技術屋で電気炉酸化スラグ骨材には興味を示しこの工場でこのスラグ骨材を使ってのコンクリートを作りテストピースも作って色々なテストも行い普通コンクリートで使用するに当たっての実験をして貰った。

この様な関係を続けている内に彼が勢濃を退職したい意向があるのを知り、星野社長とも相談して今後のスラグ骨材拡販の為にも生コンの知識に精通している彼を星野産商に入社させる事にした。

その頃にはスラグ骨材に興味を示していた大日コンサルタントや各設計事務所でのPR営業、関東方面での大量使用の話が進んだ太平洋セメント、魚礁に関係した㈱OTTO、ブロックの話の㈱不動テトラ等々色々な関係先が増えてきた。大成建設を始めとする各ゼネコン、東海菱光を筆頭とする生コン会社、東海コンクリート、松岡コンクリート等のブロック製造、東邦ガスの土木技術グループにも積極的にワークを行った。

この骨材を生かした重量コンクリート仕様の物件や普通コンクリートにも積極的に使用を進めてくくれる東海菱光のM工場長等の協力も得て次第に取引量も増え、更には建築資材、工業製品展示会場のブースにも積極的に出品、PRする事により知名度も上がって行った。

産廃処理、医療廃棄物処理、中部鋼鈑内スラグ処理、リサイクル事業部の骨材販売も順調に推移し始めた事から客来も増え、流石に社長も事務所の外観が気になり始め平成19年遂に新社屋の誕生となった

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  展示会ブース 2日間ここで製品紹介
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  新社屋完成

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