臨時の記事

2016年  02日 15:52
何故か昨日辺りから私の生涯日誌の筆が進まなくなった。昨日は午前中に成人病検診で残っていた胃のバリウム検査に行き、午後の書き出しになった所為かもしれないがどうもそれだけではないようだ。今日も朝から構想が纏まらず今日は急遽休む事とした。一応何かを書かないといけないと昼寝後のぼんやりした頭でパソコンに向かっている。

○ ウルフの愛称で親しまれた元横綱千代の富士が亡くなった、61歳の若さである。私はこの力士が好きだった。顔つきも精悍で体型も筋肉隆々型、荒々しい相撲の取り方も今の力士に少ないタイプ、稀勢の里にもこの様な気迫があればなと思う。

優勝回数、通算勝利数、横綱在位場所数と全て上位に位置する記録の持ち主であり、亡くなった今はその功績を称える記事が新聞紙上を賑わせているが、彼は大横綱と称される割には引退後の相撲界での役職も平凡、北の湖の様に理事長にもなれず一生を終わった。それにはやはり板井の暴露本で話題となった彼自身の八百長相撲の実態が大きく影響していると思われる。

全て横綱になってから、彼の方から持ちかけた注射であったが、その工作をとり持った板井の暴露だけでなく、工作を受けながら断ったガチンコ横綱大乃国の証言もあるし、当時の大鵬親方も彼に苦言を呈した話も伝わっている。横綱と言う地位にあれば何でも正当化される時代にあったればこそ、成し遂げられた記録であったのかもしれない。

ただ断固八百長を拒否した1000勝目の取り組み相手「花の湖」を強く土俵に叩きつけた相撲は、期せずして今のニュースにも放映されており、注射を断った相手に対する強烈な相撲は実力でもあり、こう言う相撲が取れるにも関わらず楽をして体力消耗を防ごうとしたらしい。引退の引き金となった最後の貴乃花に破れた相撲では、体力の限界を知ったとの言葉で終わったが、現実には注射の利かない世代が台頭してきて限界を知ったのだと思われる。

死者を鞭打つ様な言葉になってしまったが、彼の横綱になる迄の力は正当なものであり、功遂げ横綱となって少し楽をして勝とうと思ったほんのちょっとした行為が、彼を大きく傷つる事になったのも事実である。それ以来八百長相撲には厳しい処置が取られる様になったのは、皮肉にも彼の功績であるかもしれない。惜しまれながら亡くなった今、過去の傷痕も消滅されれば良いがとファンの一人として私は願っている。

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COMMENT 5

ごくしげ  2016, 08. 02 [Tue] 23:03

千代の富士は私も好きな関取でした。
61歳で亡くなるなんて、全く早すぎますね。

最近、次々と時代の寵児だった人が亡くなっていきますね。
昭和はとっくに終わってしまったが
ある意味、これから本当に終わるのでは~~
なんて思ったりします。

千代の富士も色々あったようですが
強い関取として印象に残る人ですね。

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けい  2016, 08. 03 [Wed] 07:02

おはようございます。

千代の富士関は私も大好きな関取でした。
端正な顔立ちと引き締まった体。
魅力のある力士でした。

私は何も知りませんでしたが 水面下では色々あったのですね。。。
少し残念な気持ちに なってしまいました。

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エースの城  2016, 08. 03 [Wed] 08:18

To ごくしげさん

コメント有難うございます。
私は板井と言う力士が大嫌いで、記事が出た時はこの野郎と思いましたが、こんな事があっても嫌われなかったのは彼の魅力の方が大きかったからでしょうね。何しろあの顔にあの相撲、今後の日本人関取に出て来るでしょうか?

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エースの城  2016, 08. 03 [Wed] 08:27

To けいさん

コメント有難うございます。
彼の魅力がこの様な事では消えなかったのは素晴らしい力士だったからですが、事実は事実として受け止める必要もあると思います。何故あれだけの実績を残しながら引退後トップになれなかったのだろうと疑問に思う人も居たのではないでしょうか。フアンとして冥福を祈りたいです。

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-  2016, 08. 04 [Thu] 14:47

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