私の生涯日誌 その175

2016年  20日 09:15
真夏の夜の夢が覚め、びっくりぽんの朝がきた・・・と言う軽口でも叩かねば前に進めませんが、この度は多くの方から励ましやご注意を戴きました。改めて厚くお礼を申します。今回の件でブログと言うものを改めて見直す機会を得た事は良かったのではないかと思っています。この生涯日誌においては次の事を留意すべきと改めて考えました。
①迷惑の範囲が他に及ばない様、自分だけに留める事が出来る様に注意する事。②自分が裸になる以上それなりの覚悟をしっかりと持っておく事。③事実を曲げる事なく、但し表現には多小配慮する事。・・・本当は何となくここで終わりにしたい気持ちもありますが、新しい朝が来た気持ちで再出発します。

宇対瀬社長は藤井君から私が辞めるかもしれないとの情報を得て早速電話をくれたんだ。飲み始めて開口一番「JOさん 内の会社には豊橋に出先の事務所があってね、ここの業績が余り上がらない、助けて貰えないかなぁ」「私は未だMMIを辞めてもいないし辞めろとも言われていない、ましてや豊橋なんか遠すぎて話になりませんよ」

と最初は殆どお断りの姿勢で楽しく飲んだり歌ったりしていたが、帰る間際には「引越しは出来ませんが通勤が可能ならやりますか。条件として豊橋駅から事務所までの通勤用と営業用に車を揃えて頂ける事と2年間だけなら」と固い握手を交わしていたんだな。酒と歌(女じゃないよ)に私は弱いんだ。

東京から帰ったI氏は心の内をお首にも出さず平静を装っていた。翌年1月の中旬にI顧問より「色々と事情があって越智取締役と君を含めたNS出身者を全員辞めて貰う事にしたので了解して欲しい」・・・おいおいお前は未だ社長になった訳じゃないんだろ・・・と言いたい気持ちもあったが「結構ですよ、今月末で退社しましょう」「いやいやそんなに急がなくても区切りよく3月末でいいよ」「引き継ぎを直ぐにやりましょう、世話になりました」・・・

すっきりしたね、恐らくI氏としては私が急な話で青ざめてオロオロするのを期待していたと思うよ。こんな男の手に乗ってたまるかよ。宇対瀬さん、藤井君有難う お陰で私のプライドはしっかりと保たれたよ。

MMI時代の業績として記憶に残るのは名古屋製鐵所に自動化天井クレーン9台を収めた事、中部鋼鈑に65t天井クレーンを収めた事等々、記憶に残る出来事は西電工機が民事再生法を申請し多少心が痛んだ事、大同特殊鋼から山中君が営業として入社して来た事。退社の時には中特の藤井君が少し寂しそうにしていた事。

これを機に越智氏も当然退社し、残ったプロパーの連中は随分苦労したらしい。I氏は自分が蒔いた種だから別に気にもせず、業績なんかどうでも良いことで、後で聞いた話では逆らう者が居なくなった今、机にふんぞり返ってどこにも行かずのんびりしていたらしいよ。

COMMENT 5

-  2016, 07. 20 [Wed] 19:09

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ごくしげ  2016, 07. 20 [Wed] 19:40

ブログ辞められないで良かったです。
これからも、城さん節で語りお願いします。

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-  2016, 07. 21 [Thu] 07:07

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エースの城  2016, 07. 21 [Thu] 09:17

To ごくしげさん

ご声援有難うございます。
自分の信念通りに進んでいきます。これからも宜しくお願いします。

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エースの城  2016, 07. 21 [Thu] 09:22

To -さん

ご声援有難うございます
色々と注意もしながら自分の思いを伝えます。これからも宜しくお願い致します。

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