私の生涯日誌 その174

2016年  18日 06:26
I氏と二人になった時「日鐵商事にいる藤井君に以前娘が随分苛められてね」との話。そう言えば私がNSBACに出た後、機材チームに入った女子事務員が娘だったんだ。「藤井はそんな事をする男じゃ無いと思いますが」「君は居なかったから判らないだろうが、いつも泣かされていたんだ」。

その後電話で藤井君に確認したら「小学生みたいな性格の子で、間違いを少し注意したら直ぐに更衣室に逃げ込んでましたね、他の女子も笑ってましたよ。甘やかされて育っているのでお嬢様気分、よしよしと頭を撫でられないと仕事も出来ないタイプだったと思いますね」 

この親にしてこの娘あり.だ。自分の権力でNSに雇って貰ったんだろう、冷静な目で自分の娘を見て会社に迷惑を掛けないよう注意をするのが普通の親だろう。娘の性格も見抜けず、言われるがままにしか判断出来ない性格が会社の仕事にも影響してたんだろう。

新日鐵時代の好みのメーカーからゴルフ接待を受けると私を同伴に誘ってくれた、私は特に何の気持ちも持たなかったが彼とすれば私を自分の味方にと言うか自分の手の内に置こうと思ったのではないかな。

その年の10月頃、製鉄所の緊急問題で帰社して直ぐに越智(取)に報告し、対策を打ち合わせ済ませた所で彼に呼ばれ執務中の社員がいる中で「J君、新日鉄で何かあったのなら何故僕に報告しないんだ」 「緊急を要する事なんで越智氏と急ぎ対策を打ち合わせした所で、重要な事は毎朝のの打合せ会で報告しているでしょう」(まさか製鉄所の人からI氏を連れて来るなと言われている事等言う訳にはいかないんだ )「君は僕より越智君が大切なのか、君は僕が何も出来ないと馬鹿にしているのか」・・自分の無能さを馬鹿にされたと思ったのか、味方にしたと思った私が越智さん越智さんと頼っている事への僻みか、小せぇ男だねぇ。

こんな事があったその年の12月、本社勤務になっていた元部下の藤井君 (彼の本社転勤にもI氏の名古屋から遠ざける画策があったと聞く) から電話があり「I氏が今こちらに来ており、NSのS専務に越智(取)に対する誹謗讒言を行い、彼に追随するNS出身者全員を辞めさせなければ社長は引き受けられないと報告したらしい」との注意を促す連絡が入った。

藤井君の電話があったその日の夕方、中部鋼鈑で色々と世話になり現在は系列会社明徳産業の社長に就任していたU氏から「JOさんお暇でしたら今晩一緒に飲みませんか」とのお誘い・・・何か又新しい風が・・・。

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-  2016, 07. 18 [Mon] 10:51

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