私の生涯日誌 その169

2016年  12日 09:38
五ノ三交差点近くの飲み屋には、共英製鋼お専務も通っていた。専務は単身赴任だったから少し色っぽいママさんに時々会いに来てたのだろう。まさかこんな所に我々が来るとは思っていなかったと思うよ。多少バツの悪い顔はしていたね。

中日特殊鋼には先輩の栗林常務が居たが、野村社長退任後本来彼が社長になる予定だった。本社に行き場のない者が居るとか居ないとかで、いつの間にかこの話はお流れになり、就任したのが山崎社長だった。未だこの頃までも旧会社意識はあったのだろうか。そう言えば亡くなった砂堀君の奥さんが中特に入社していた。これは面倒をみてやろうとの会社の暖かい気持ちだね。

仕事の思い出と言うより新日鐵に行く途中の、木曽川支流の筏川東岸用水路に沿って植えられた桜並木は見事なもので、春には満開の桜のトンネルを走るのが素晴らしく、会社を退社した時に一番最初に思ったのが、あの桜がもう見られないなと言う事だったのも可笑しな話、他にもっと思い出になる事は無かったのかねぇ。

そう言えば前記の飲み屋以外に工場を出て表通りに出た直ぐの角に、それこそ「五ノ三」と言うスナックがあって良く行っていた。そう言えばこの店の私好みの子から「おさだたいじ」の「十年」と言う歌を教わり今でも歌っている。道ならぬ恋をしている女性がいつの間にか10年も付き合ってしまったがどうしても別れられないと言う歌だ。

何故歌の内容迄言ったかと言うと、私も人が悪い所があって、スナックとかでいかにも夫婦では無いと思われる年齢差のある二人連れが居ると、この歌を歌っちゃうんだな。羨ましいって訳じゃないよ、判ってるよとついつい言いたくなる悪い性格だ。おさだたいじの歌は「妻あるあなたに」だけしかないと思っていたがこの歌は誰も知らなかったね、いい歌だ聞いてごらん。それにしてもあの娘は今どうしてるかな・・・そうだ娘じゃない子供が居たんだった。

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 孫達のいい笑顔に救われてたね。

COMMENT 2

ひろし  2016, 07. 12 [Tue] 10:29

No title

お孫さんの笑顔が浮世の憂さを忘れさせたくれたのかなあ。でもアフタファイブはモット大切でした?、先ず1軒めは五ノ三の高速道路下でキムチスパを食べ(城谷さんは、ピ-マン抜き)、2軒めは会社近くのスナック「五ノ三」で気持ちよく歌って帰宅、その節はいろいろ、歌唱指導を賜り楽しくすごせた事を感謝致しております。

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エースの城  2016, 07. 12 [Tue] 11:26

To ひろしさん

コメント有難う
そう言えば飲んだ後はどうやって帰っていたかなぁ。勿論飲酒運転なんかしてなかったよね。何か中央道に出て帰ったりしていたけど、何の目的で中央道に出たのかの記憶がない。そうだあの店ではキムチスパを食べていたね。もう忘れていた。

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