私の生涯日誌 その164

2016年  06日 13:40
平成11年を迎えた1月、二男宅に男の子が生まれ彰人と名付けられた、今度は慎重に育てて欲しいと願ったものだ。孫の総計は6人、実は現在に至る迄この6人で終わったんだ。これでこの子等が就職する迄続くお年玉や誕生祝い等、この6人分だけで済むと思うとほっとしたもんだ。

さてこの年の私にとっての大きな出来事は転職である。一年延長したNSBACの勤めも6月末で終わる事から、それとなく各関係先へ挨拶をし始めたが、ある日MMI(旧宮地鐵工所)の越智取締役より、MMIに来て欲しいとの誘いがあった。

越智氏は以前にも話していたが私のNS勤務時代には公私共に色々と世話になった方で、丁度私がNSを退職した平成5年に、当時のMMiの社長との折合いが悪く、同業のクレーンメーカー菱栄鋼機に転職していたのだが、その後社長が代わった平成10年に又MMIに戻って来ていた。

彼は私の退職情報を聞いて、MMIが昔は新日鐵名古屋製鐵所に実績があったのに、現在全く引合すら無い事から、対名古屋製鉄所営業に協力して欲しいとの依頼であった。

NSBACにはあと2ヶ月間の勤めが残っていたが、どうせなら早い方が良いだろうと早速NISBAC本社に行き、鎌刈社長に4月末退社したい希望とお詫びの挨拶を行った。次の就職先を聞いた社長から「越智さん上手い事やったな」との言葉を聞き、これは私を評価していたと考えていいのかなと、この一言で私としては気持ちの良い退社となった。当時の年寄りは石をもて追われる如くと言うのが多かったのでね。

MMIには5月1日付で入社した。4月30日にNISBAC退社だから1日の余裕も無かった。MMIは既述の如くNSの子会社になっており、社長は新日鉄からNS本社に出向していた渡辺常務が兼務していた。同社にはNSからの出向者が何人か居たが、私は出向ではなく入社したのである。

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 平成11年正月60歳、一枚位真面目に。そろそろ必要な時期かな?
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 1月8日珍しく名古屋に雪。             彰人お宮参り。
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 美穂百日お祝い。                  お雛様
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 優介(右)幼稚園生活発表会、昔の学芸会。   佳奈小学校入学ピカピカの一年生。
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 孫達ばかりなんで、大江川の花見にひっそりと。

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