私の生涯日誌 その155

2016年  25日 11:09
1月24日に二男に二男康介が生まれた。そのお宮参りを国府宮で済ませた後、今度は長男の嫁が身ごもり、嫁の両親も来て貰って真清田神社で帯祝いを行った。これで全ての家族に子供が出来た事になる。

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 国府宮お宮参り                長男の嫁の帯祝いの帰路花見
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 マンション近くの名鉄踏切で孫の優介と散歩。   孫娘知奈一歳誕生日

一息ついた4月に妻と彦根城から安土城址を回るドライブに出た、この時期雪は無いので心配無い。琵琶湖に近い彦根城、丁度梅の花の綺麗な季節で、流石この美しさには我が妻も勝てなかったな。

琵琶湖と彦根城と言うと母が良く口ずさんでいた「琵琶湖哀歌」の歌を思い出す。確か京都大学のボート部の遭難事故で作られた歌だと聞いていた。「遠く霞むは彦根城 波に暮れゆく竹生島 三井の晩鐘音絶えて なにすすり泣く浜千鳥」これを歌える人は殆ど居ないよ、歌える私は貴重品だ。

そこから真っ直ぐ安土に向かい、安土城の天守閣があった山の頂上まで徒歩で階段を登る。安土城址には確かに巨石の石垣が残っていたが、登り口周辺の風景も余りにも鄙びており、本当にここに信長の栄華に輝く城があったのかと不思議な気持ちになったのも事実である。

織田信忠、豊臣秀吉、前田利家、森蘭丸等の屋敷跡も道沿いながら何か辺鄙な不便な所にあった様に思え、他の城下町で感じられる歴史的背景が、ここでは何も感じられなかった。

ただ安土城天守の5・6階部分は、スペイン・セビリア万博の日本館のメイン展示物として実物に忠実に原寸大で復元されたものを、万博終了後に安土町が譲り受け「信長の館」に保存・展示されている。周辺の鄙びた雰囲気と余りにも格差があるが見事なものである。

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 彦根城 お城を写して無い。              彦根城石垣
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 彦根城梅林                        安土城登り口
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 安土城二の丸跡                     天守石垣

COMMENT 2

ごくしげ  2016, 06. 25 [Sat] 23:39

彦根城、良い季節に行かれたんですね^^
梅の花が満開のようで。

城に桜の花も素晴らしいが
城に梅の花も、これまた素晴らしいでしょうね。

彦根城は、まだ行ったことないです。
この9月に京都、そして姫路城へと行く予定です。

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エースの城  2016, 06. 26 [Sun] 09:09

To ごくしげさん

コメント有難うございます。
姫路城には未だ改修前のお城の時に行きました。作りが大きく天守閣への道筋が複雑に工夫され攻めにくく作られています。
京都は確か車の乗り入れが制限されていたのではなかったでしょうか。大原三千院には是非行かれると良いと思います。大きいけれど鄙びた山門があり、静かな庭は水彩画には良い題材になるのでは。寂光院も良かったと思いました。1月の寒い時期でしたから今とは雰囲気が違うと思いますが。

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