私の生涯日誌 その143

2016年  10日 05:22
平成5年11月だったかな、母を自宅マンションに引き取りやっと母との新しい生活が始まった。既に西春日井郡西春町に移していた母の住民票を一宮市に移動させ、名実ともに母は一宮の住民となった。

仕事は順調に推移しており、先に書いた客先を訪問する日々に変化は無かったが、柘植氏がゴルフ場で倒れたのはいつだったかな。前日遅くまで麻雀をしており、寝不足のまま炎天下のゴルフをしたのが原因だった。救急車で病院に担ぎ込まれ、その時は一命を取り止めたが、恐らくそれが原因だったと思うが数年後には亡くなったんだ。

新日鐵名古屋製鉄所の野球部監督として、高校野球の地区大会時には解説者としてラジオ・テレビに良く出ていたが、日頃馬鹿ばっかり話をしていた人が急に真面目な解説をするのが何となく可笑しかったね。体力を過信していたのがいけなかったんだ。

平野氏は元気元気、確か年は同じ位だと思ったが、酒が飲めないのでゴルフに熱中し、体格は小さかったけれど上手かったね。中々の世話好きで尾崎将司が設計した三重県の津カントリークラブの理事長の娘が営業で回って来ると、名古屋製鐵所の中でコンペを組んだり良く世話をしていた。勿論若い娘だったからで、相手が息子だったら駄目だったんじゃない。

私も何回か一緒にプレイしたがこのゴルフ場はフェアウェイ迄の距離が長く、飛距離の出ない私はドライバーでフェアウェイに迄ボールが届くと正にショートホールでのナイスオンって感じだったのを覚えている。従って100を切るのがやっとだったな。

平成5年は色々と行事が重なったが、平穏無事に終わったんだ。

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 二男の結婚式の翌日国宝犬山城観光。
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 外孫ながら初孫娘の一歳の誕生日、旦那のお袋さんと国府宮で。今年もう23歳になるのかな。
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 我が家恒例の1月1日〇時過ぎ、行く年来る年の除夜の鐘を聞きながら新年挨拶。新婚夫婦二組も一緒。今年は母も一緒でした。

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