私の生涯日誌 その129

2016年  24日 08:25
平成4年を迎えた。正月は我家で迎えてもらおうと、母をアウンより西春の家に連れ帰りお祝いをした。幸せな新年が続いてくれるのを願うばかりだ。

私は4月1日付でOA機器販売の、エヌエスビジネスオートメーション㈱の名古屋支店長として出向した。事務所は日鐵商事の事務所のひと隅、例の事故のお陰で役員としての出向はなくなり、無役の支店長だった。名古屋支店はナショナルOA機器販売㈱から途中入社して来ていた野崎君と二人という支店とは名ばかりの寂しい組織であった。

私の後任の原料機材部の部長には機材チームリーダーの渡辺君が昇格した。6月には日鐵商事名古屋支店長も鷲尾から林取締役支店長に交代となった。林支店長とは直接仕事の関係は無くなったが、人事に絡む相談とかを気さくにして来る仕事熱心で真面目な性格であった。前任者とは雲泥の差、私は運が悪かったんだ

鷲尾氏の事はその後どうなったか私の記憶からはぷっつりと消えてしまっている。会社の役員年鑑を今見てみると平取のまま平成7年に名簿から消えている。通常は余程の事が無い限り常務、専務と昇格するのが普通だが、彼の事だから又何かをしでかしたのかも知れない。その後十数年前に死んだと言う噂が流れて来た、性の悪い人は短命なのかねぇ。

支店長になった私の最初の仕事は押し売りの撃退と言う何ともしまらない話。ある日電話で「支店長さん、手袋を買ってくれませんかねぇ、同じビルの新日鐵さんは買って戴きましたよ。もし栄のクラブ辺りで変なのに絡まれたらうちで処理してあげますよ」価格は1ダース10万円、要するにヤクザ屋さんだ。電話口でお断りするのに30分以上かかったね、相手は最後は親分みたいなのに代わったが、のらりくらりと丁重に断り続けたら「もういい!」ガチャンと電話を切られたんだ。何かあるかと心配したがなにも起こらなかった。

支店長の最初の仕事がこれとはねぇ、あ~あ先が思いやられるなぁ

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 毎年同じ様な新年の写真だけれど、この平凡な幸せを願っていたんだ。西春の家。
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 嫁と姑。                      西春での新年初詣は国府宮。

COMMENT 5

-  2016, 05. 24 [Tue] 11:04

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けい  2016, 05. 24 [Tue] 16:45

こんにちは!

人生って本当に色々ありますね。
お母様を迎えてのお正月。
気持ちも少し軽くなったでしょうね。。。

それにしてもどこにでもいるんですね。
怖い方々。
よくぞ折れずに頑張り抜きましたね!

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ごくしげ  2016, 05. 24 [Tue] 22:52

運が良い、悪い!
ってほんとにありますね。
こればかりは、いくら努力して頑張っても
どうにもならない。

性格の悪いやつほど、長生きするのでは?
まぁ、これも寿命なのかそれとも
これまた運なのか?

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エースの城  2016, 05. 25 [Wed] 08:31

To けいさん

コメント有難うございます。
島倉千代子の人生いろいろと言う歌を思い出しますね。辛い話でしたが今日の話は私にとって最も屈辱的な話ですが、これをもって嫌な話は終わりにしたいと思います。私は未だまだ長生きしたいと思っています。

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エースの城  2016, 05. 25 [Wed] 08:37

To ごくしげさん

コメント有難うございます。
私は辛い話をする事が出来る今の環境を喜びたいと思っています。このような事があっても接して来た人とのその後の交流が、金持ちには成れませんでしたが今の穏やかな生活を生んでくれたものと感謝しています。これも運でしょうね。

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