私の生涯日誌 その122

2016年  16日 09:58
平成2年の新年を迎えたが、東京に行った母が長兄宅で手首を骨折したと事だったが、もう鎌倉の次兄宅に移動した母を、見舞いがてらに鎌倉見物、帰りには又名古屋に寄ってもらった。

この頃の仕事は順調だったと思うよ、支店長の机の横の応接セットで、新日鐵名古屋営業所から出向して来た遊び人の西田副支店長と鷲尾支店長が毎日の様に無駄話をしているのが、不愉快と言えば不愉快だったかな。同時に支店全体の売上不足になると、支店長自ら原料チームの佐藤リーダーに直接、中古材での売上になるものは無いのかと売上を督促する始末。

あまり簡単に売上が上がるので「本当にこんなに需要があるのか」と佐藤君に確認したが「未だ未だこの業界は大丈夫です」との回答と暗に鷲尾の了解を取っている事を匂わして来る。チームのサブの女性にこっそりと確認しても「リーダーが大丈夫と言ってます」とだけ。後でこの子はリーダーと許されない関係があった事を知ったのは随分後の事だった。

この年に、既に記事にしたローレルを買った。二男も免許を取って、通学用にと長男から資金を借りてマニュアル車を買って悦にいっていたが、夜中に山で自損事故を起こし、妻に50万円の修理費をねだっていたのを覚えている。

新車での遠乗りは妻と娘と二男とで馬籠、妻籠へのドライブ、11月には妻の姉と3人で奈良のお寺参りに行ったんだ.。義理の姉の家も10月に娘の知沙ちゃんが結婚してほっとした所だったので、姉妹揃っての旅は楽しかったようだ。人見知りするタイプの妻は、家族旅行は好きだが一緒に旅をするような友達は居ない。

この後、東京の長兄の息子俊一郎君が初めて名古屋に遊びに来た。平成2年は3年に起こる色々な出来事が嘘の様に静かな年であった。

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 平成2年新年 毎年除夜の鐘を聞きながら屠蘇でお祝い。   稲沢国府宮初詣
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 鎌倉大仏前で次兄の三男坊と。     何となく大仏さんに似た温厚な顔。
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 名古屋の我が家で一泊後孫に見送られ若松へ。   妻籠の旅、二男と娘
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 奈良の旅:東大寺    東大寺のくぐり抜ける柱、善人しか抜けられない。今はもう無理、体型的にだよ。
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 興福寺                      西大寺
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 唐招提寺                    薬師寺
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 法隆寺に着いた時は日が暮れてしまった。    長兄の長男、初めて名古屋へ、犬山城。

COMMENT 2

ごくしげ  2016, 05. 16 [Mon] 18:21

興福寺での奥様と一緒の写真、
個展に来てくれた千葉の佐倉に住んでいる
奥様の姉さんですね^^
城さんの義姉にあたる女性ですね。

面影があるので、分かりました。
とても元気な方で、人生を積極的に
謳歌している感じが、素晴らしく思いました。

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エースの城  2016, 05. 16 [Mon] 19:20

To ごくしげさん

コメント有難うございました。
義兄が5年位前に亡くなって名古屋から息子家族の住む佐倉にかわったのです。昭和9年生まれですから82歳ですかね。
色紙に簡単な絵を書くのが趣味で名古屋では人に教えていました。今でもその為に月に一度は名古屋に来ています。顔も性格も家内とは違いますので、私の家内は中国引き揚げ時に貰われた子じゃないかとからかっています。

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