我が家の生涯日誌 その119

2016年  12日 07:04
〇 この時代には名古屋支店全体のクリスマスパーティを、プリンセスガーデンホテルの大広間で行っていた。各部が何か出し物を考え、部対抗で優勝を争う事になっていた。原料機材部で私が勝手に企画したのが二つの出し物で、一つは当時話題となっていた貴乃花と宮沢りえの大きな切り抜きを造り、ブランコに乗せて揺らしながら何人かでビリーバンバンの「白いブランコ」を合唱する。二つ目は無法松の「度胸千両」を私が歌うと言うものであった。

白いブランコは小道具を揃えるだけだったが、この度胸千両では奇抜な事をやってやろうと、まず準備したのが私の服装、白い長袖の下着のシャツに桜と龍の絵を絵の具で描いたんだ。当時印刷された様なシャツは無かったと思うし知らなかったかも知れない。

だが描くには描いたが、絵が乾くとパリパリに突っ張って何とも様にならない。所が、身に着けるとそれなりの雰囲気もあり、下はステテコに晒しを巻いて、頭は日本手ぬぐいでくるりと鉢巻、雪駄履きで身構えたら結構イケてるじゃん

更にもうひと押しで舞台のバックに、こちらで準備した鮮やかな下着の着物を着せた、3人の女の子を片膝を立てて座らせ、手製で作った大きな壺でツボ振りの仕草をさせる事としたんだ。

会場は開始直前に電気を消して、舞台裏から流れる度胸千両の前奏の太鼓の音が続く中で、証明係はホテルが用意していた照明を舞台に当てる。片膝の女性達がツボを振る中で、私が朗々と歌ったんだよ 「空に響いたあの音は 叩く太鼓の勇み駒あぁぁぁ・・・・・」 場内は一瞬静寂となったね。「・・・・小倉名代は無法松 度胸千両の乱れ打ちぃぃぃ~」

終わった後の万来の拍手はしっかりと覚えているよ。勿論我が部がぶっちぎりの優勝だった、中年時代の懐かしい思い出だが残念な事に誰も写真に撮った者も居ず、写真がないのは残念だったよなぁ。

2016_0511入丸八幡0019  2016_0511入丸八幡0022
 原料機材部                      機材チーム
2016_0511入丸八幡0025  2016_0511入丸八幡0020
 溶材チーム                      原料チーム・竹内社長含む

COMMENT 3

ごくしげ  2016, 05. 12 [Thu] 22:13

クリスマスパーティに社内旅行の宴会と
城さんは、なかなかのアイディアマンなんですね。
それをまた実演するなんて、凄いです^^
しらけた宴会ほど、嫌なモノってないですからね。

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-  2016, 05. 13 [Fri] 09:30

コメント有難うございます。
お調子者なんでしょうね。接待もする機会が多かったのですが、この性格ですからされる方が好きでは無かったですね。接待で相手のメインの人を盛り上げるのは当然ですが、周囲を良く見て少し静かだなと思う人には必ず声を掛ける習慣が出来ていましたね。部長としての特権は部内の宴会の席では女性軍を側に置いて置く位でしたでしょうか。

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-  2016, 05. 17 [Tue] 09:18

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