私の生涯日誌 その111

2016年  03日 08:21
昭和61年、加野支店長の後を継いだ楠支店長は大変物静かな支店長で、メーカーやユーザーの評判も中々良かった。ゴルフも良く一緒させて貰ったが、一つ特記する事は接待費の件で楠支店長が良かれと思って実施していた方式が後々問題となった。

楠支店長は平成元年6月に取締役支店長を退いて常任監査役となったが、代わる前に「JO君、君は以前九州に帰りたいと言っていたが、その気が有るなら便宜を図っても良いが」「もうこちらに慣れたので今は帰りたいとは思っていません」「なら良いけど私の後任の支店長は君とは合わないと思うんだが・・・」と言われていたが、正にその通りだった。

新任の鷲尾支店長は、図体が大きくて顔は昔の相撲取りの出羽ケ嶽を思わせる様な馬面にぎょろりと剥いた目と分厚い唇、見かけだけでも好感が持てない上に、親父が阪大教授で建築学の権威だったとかで態度迄大柄だった。楠支店長が気遣ってくれたのはこの事だったんだと合点したが後の祭り、その後色々な点でぶつかる事となる。

まず接待費問題、楠支店長は最初の予算を各部に分配してしまうより、各部には必要最小限度を分配しておいて大半は支店長席が持っておく、楠支店長は余り酒を飲まないタイプで接待も好みではなく、せいぜいゴルフ位なので、支店長分も含めてかなりの金額の接待費が残る。各部で必要な接待があれば届けあり次第、支店長席にある枠を使用しても良いとの方針であった。

ところが新支店長は支店長席の接待費は当然支店長分だと我々の説明を受付けない。勝手気ままに使いまくり、本社の新日鐵出身のM専務が名古屋営業所時代に通いつめたクラブに専務が来る度連れて行くばかりか、そこのママの誕生日には10万円以上もするバラの花束を贈呈する、勿論接待費からだよ。

ある日の支店長との会話「君の所のユーザーは私を一度も接待しないがどうなっているんだ、鋼板部は奥村部長がいつも特約店からの接待をお膳立てしてくれるが」  だと。冗談じゃない、鋼板部はメーカーのロール枠欲しさに特約店が接待してくるのは常套手段だが、原料機材部のユーザーはこちらが接待しなければならない先ばかりなんだ。

私がメンバーの愛知CCは鷲尾支店長もメンバーであるが、そこのキャディがいつもぼやくんだ「お宅の支店長さんどうにかしてよ、ミスショットするとキャディの所為にして文句ばかり、誰もがキャディとして付くのを嫌がるんだけど」 だそうだ。

原料機材部の旅行や催しは結構楽しく過ごしたな。我が部の連中は皆和気藹々でいつも楽しそうに過ごしていたので、よその部からは本当に羨ましがられていた。私にとって、支店長より部内の連中の方が大切だったからね。だけどこれはサラリーマンとしては失格だけどね。

2016_0502入丸八幡0002  2016_0502入丸八幡0006
本当に嫌いだったんだろうね。数年一緒に居たのにこの横顔の写真一枚しかない。横顔は未だ見た目良い方だ。 右の写真は西春の我が家への帰宅途中にあるスナックポプリ、ここで部の忘年会した時の写真。娘が便乗参加、古ちゃんの隣にチャッカリ。
2016_0502入丸八幡0012
当時の部の旅行には人数の少ない日鉄リースや食品、東海支店も一緒に行く事が多かった。前列右から3人目、問題を起こした佐藤君。

COMMENT 2

ひろし  2016, 05. 03 [Tue] 15:37

①接待する人 ②される人 ③ その接待に絡む人 
絡む人とは、お膳立てが上手な人のことでしょうか?支店の部長席は、③が支店長席の直ぐ前、そうでない部署は両端ですね。

編集 | 返信 | 

エースの城  2016, 05. 04 [Wed] 08:04

To ひろしさん

コメント有難う
お互いに難しい時代を過ごして来たね。あのオッサンも今頃は閻魔さんにぎゅうぎゅう言わされていると思うよ。

編集 | 返信 |