私の生涯日誌 その106

2016年  27日 08:47
部長となって一番嬉しかった事は愛知カントリークラブ東山コースのゴルフ会員権を貸与された事だ。この時期が私の最もゴルフに打ち込んだ時期になる。

今は変わったかもしれないが、当時は土日のスタート取りにはメンバー本人が、一ヶ月前の金曜日にゴルフ場に行って取らねばならない規則だった。良いスタート時間を取る為には前日の夜にクラブハウスに行き入口のガラス戸に貼り付けてある紙に名前を記入する。後は朝の6時迄自由にしても良いが、私は家が遠いので駐車場の車の中で寝たりして待機していた。

駐車場には同じように何台かの車が停まっていたが、紙に記名された人数より車の台数が少ないのは、家の比較的近い人の場合早めに名前を記入した後、家に一旦帰って定刻に又来ていたようだ。片道一時間位かかる自分には到底帰る気にならず、車に毛布を持ち込んで寝ていたんだが結構辛かったな。エコノミークラス症候群にならずに良かったと思うよ。

大抵一番に記入していたのは我が社の溶材チームの特約店である名古屋電元社(現ナ・デックス)の水野常務の名前、恐らく家が近かったか社員を使って名前だけ書かせていたのに違いない。だけど夏場は未だ良いが冬場は結構辛かったね

定刻になるとクラブの人が順番に書かれた名前を元に、スタート表の希望の時間の欄に名前を書き込んで行く。4人分全て書き入れる必要は無く、一人だけを書いておけば良い。ただ本人では無く代理人が来ている場合は順番が早くても後回しにされる。クラブの担当者はメンバーの顔を覚えている為誤魔化す事は出来ないんだ。

私の場合はプレイするメンバーを決める前に良い時間のスタートを取り、これを接待ゴルフに使うも良し、個人使用として後で一緒にプレイする人を探すも良しでキャンセルする事は一度も無かった。社内でプライベイトゴルフのメンバーを揃えた時はプレイ費はトータル金額を4等分する事にしており、名門コースを少しでも安い金額でプレイする事で皆に喜ばれたものだった。

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当時はスチールシャフトにパーシモンヘッド。デカヘッドなんか誰も持って居なかった。 連続写真で未だましな前半写真だけ。

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