私の生涯日誌 その103

2016年  20日 08:35
 中部鋼鈑には消耗品としては新規参入した刃物以外に、エスイーシーの電極と淀川製鋼の圧延ロールがあった。その圧延ロールに競合が現れた、新日鐵プラントである。何しろ新日鉄は親会社、中部鋼鈑にとっても株式こそ持たれていなかったが、厚板製造の指導的立場にあって社長他役員が新日鉄から天下っている。

これは流石に取られるかもしれないなと思ったが、長きに亘って付き合って来た淀川製鋼を何とかしてやらないかんだろう。担当の人の良い溝口部長や高木課長の顔がちらつくんだ。宇対瀬常務や占部部長等の協力も得て結局折半して貰う事になった。

そこからが又私の営業力を発揮するところ、新日鉄プラント安楽氏や石橋氏と中部鋼鈑購買部の杉山部長に画策して、結局その契約窓口を我社に貰ったんだ。従来の淀川製鋼の窓口は当然従来通り我社なもので、結局中部鋼鈑向けロールの取り扱い窓口は100%我社となった訳だ。

価格も決めやすいし、知らぬ顔の半兵衛で2年程過ぎた所で購買の杉山部長に呼ばれてね 「JOさん、この取引はおかしかないか」「何がです」「2つのメーカーの取り扱い窓口があんたんとこ1社と言うのはおかしいだろう」「そうか、そう言われてみればそうですね」 と言わざるを得ず、結局どちらかを放棄せざるを得なくなってしまった。新日鉄は当然自分の所を取るだろうと思っていたし、淀川製鋼はもう完全に諦めていたんだ。

私は野村部長に進言した。旧会社時代から長年取引して来たメーカーを切って、いくら系列と言えども新規メーカーの窓口を選ぶのは信義に反する、淀川製鋼を取るべきであると説得して部長を納得させてしまったんだ。
私は淀川製鋼から何も貰っていた訳でもなかったけれど歌舞伎じゃないけど大見栄を切っちゃってね、新日鉄からは恨まれたけれど筋は通したかったんだな。

私の日鐵商事在任中は折半を崩されなかったが、その後に取引が無くなった様に聞いたけどな、よう知らん。

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 曹洞宗本山永平寺に父の永代供養のお願いと喉仏を納めて来た。

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