私の生涯日誌 その100

2016年  16日 08:07
仕事は色々とやって来たけれど不思議なものでどんな大きな物件でも順調に行ったものには余り記憶が残っていない。前に話した山内設計事務所が設計した名古屋栄のトップカメラ新築で、設備機器以外に各階に設置するケース棚をやってみるかと山内先生に言われ、業者を捜していた所、ニッテツ食品に出入りしていた自販機中身販売のオクタカ(社長奥井孝)の専務が、岡崎市に事務所があるが本業は建材取り扱いでケース類は得手と言う。

実は専務と言うのは社長の奥さんで中々色っぽい。価格も見合ってやらせたのがきっかけで中部鋼鈑の製造部打ち合わせコーナーの一室全ての間仕切り(上段造花鉢込)もその会社に発注し色々と活用したんだ。

これも山内先生絡みで知り合ったT建設が、N市の各区役所の区章入のシンボルタワー建設を16区分受注したんだ。全てステンレスで製作すると言う。

ある日T建設副社長から打合せに某割烹に来てくれと言う。「JOさん、これを全部あんたのとこに発注するので見返りに1000万円作ってくれないか」 流石に少し考えたね、金額が大きい、裏金作りは会社では出来ない、その方法さえ考えたら美味しい取引が出来る。未だその時は機材課の課長だったが、こちらの懐に入れるような悪い事をしようってんじゃないんだ。

「やりましょう」のこの一言で億単位の取引が成立、我社としても十分な利益を確保し見返り分は5%の口銭を含めた金額で、条件は現金払いで某社と契約を結ばせた。内訳は何でもいいんだ、相手も中身が判っている事だけに請求は問題なく通すはず。本来違法な金策の片棒担ぎだから余り詳しくは述べないが、珠にはこんな事をしても契約を取りたい時はあるんだ。勿論部下にはさせられないけどね。

お菓子の紙袋に入れた1000万は重量以上に重かったね。いつもの割烹で手渡し、そのままママの手に渡ったんだ。これ全て真夏の夜の夢だと思ってくれよな。仕事の為には出来たけれど、接待費を作る為には真面目過ぎてこれが出来んのだなぁ。

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社内のボーリング大会だね、福岡時代は200点位軽かったけどね。 この嬉しそうな顔は恐らくカラオケだ。

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けい  2016, 04. 16 [Sat] 15:16

こんにちは!

何とも怖いお話でした。
今なら・・・と考えると少々鳥肌が!

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エースの城  2016, 04. 17 [Sun] 08:13

To けいさん

コメント有難うございます。
商取引の中では表に出ないだけで大なり小なり結構こんな事があっていると思いますよ。私の場合でも金額の問題では無く、記録に残せないような事が色々ありましたね。その場では何とか過ごして来たけれど、今ではもう考える事すら疲れますね。家で話す事の出来ない事もしながら家庭を支えて来たのかもしれませんね。

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