私の生涯日誌 その92

2016年  06日 09:44
来た早々に長崎部長に言われた通り、扶桑町の家は遠かった。何しろ名鉄扶桑駅より家迄徒歩約25分、明るい天気の良い日ならいいけど、田舎の街灯も少ない暗い夜道、雨でも降ってたら自分の足音がぴちゃぴちゃ聞こえて怖いんだよ。・・・とそんな訳で遅くなったら住吉にあったサウナに泊まりに行くようになった。

楽だったねぇ、サウナで汗を出して湯船でのんびり、浮世を忘れてからビールを一本、軽く軽食。寝る所に行くともう毛布なんて一枚も無い、ぐるりと歩き回って寝相の悪い奴の毛布をちょっと拝借、早く寝る奴が悪いんだから注意しないとね。

朝も風呂に入ってヒゲも剃り歩いて10分もしない会社に出勤、天国だったよ、悪い事してないんだから罪悪感なんてサラサラ無い。結局週に2~3回はサウナ泊まりとなった。変な所に外泊してサウナに泊まったなんて言う事は神に誓って一度も無いし妻も信じて翌日はご苦労様と三つ指ついて出迎えてくれたなぁ。

ある時加野支店長(もう橋詰支店長から交代済)から呼ばれた時の会話 「君は最近余り家に帰って無いそうだな」「家が遠いもんで電車がないんです」「なんでもっと近くに住まなかった」「山本総務課長がここでないと社宅にならんと」「山本君、そうなのか」「そんな事言ってませんよ」「なんでもいいから近くに住まわせなさい

まあ山本課長には悪かったが、支店長のお墨付きで近い所に社宅として転居出来、塚田君には支店長命令だから勘弁、転居費用は支店長命令だからこれも当然会社持ちとなる。決して移りたかった訳ではないよ、支店長命令なんだから仕方なくだよ。

結局名古屋と扶桑の中間位の西春に転居、何故中間かと言うと長男が公立の丹羽高校に既に入学しており転校出来ず、息子思いの私はお互い折り合っての中間に決めたのである。

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扶桑町には3年間しか居なかった。 長男は丹羽高校の野球部入部、目が悪いのに頑張ったよ。

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