私の生涯日誌 その91

2016年  04日 12:23
宮地鉄工所の越智常務は電気が専門の技術屋だ。宮地に入る前に四国電力、中部電力、ゼネコンの間組等に勤めた後、永田前社長から誘われて宮地に落ち着いたベテランだ。
技術力を背景に殆どの営業にタッチし宮地を大きくして来たと聞く。トレードマークの様な大きなカバンに資料を詰め込んで営業に出るのが彼の通常のスタイル、勿論これは当社が資本参加してから私が担当課長として出入りを始めてから見た姿であり、それ以前の越智氏を私は知る由も無い。彼にはその後公私共に色々と世話になった。昭和6年生まれの元気なオジサンだ。

宮地鉄工所は倒産させず、抱えた債務の処理等色々と対策を練りながら新しい宮地を発足させる為に、宮地社長に代わり当社より今井社長を派遣し、経理は庄司氏、営業は飛田氏を配して、社名は当分変えないままに新生宮地鉄工所が動き出したのである。これで一応この会社も落ち着いたので、その後の流れはその都度記事にしていこう。

赴任して間もなく、中部鋼板の購買とお近づきになる為、当時の購買部小澤部長とゴルフに行った事がある。「JOさん あんたハンディキャップはいくつかね」と聞かれてもオフィシャルハンディは持ってないし、九州ではこれ位のスコアでしたと言う以外に無い。「そうか じゃぁハンディ25やろう、それで賭けてみるか」 とスタートしたゴルフ。

どうせ負けても良いんだとの気持ちからかいつもはよく出るミスショットが出ない、少しずつ部長の機嫌が悪くなるのでラフに打とうとしても、逆にボールは正確に真っ直ぐ飛んで行く。結局ハンディもあるし賭けは勝負無しで終わったんだ。

その日はそれで終わったんだけれど、暫くして何処からともなく「嘘つきJO」と言う噂が流れて来てね。お判りでしょう「JOの奴ハンディ誤魔化してなぁ」と言った人の言葉が「嘘つきJO」となって一人歩きしていったんだ。私は勝負に勝った訳でも無いし、くそ!調整出来なかったこの腕が悪いんだ。

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塚田君宅借上げ社宅での新年 馬子にも衣装、大人に見える。


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