私の生涯日誌 その90

2016年  02日 10:42
宮地鐵工所は愛知県弥富市に工場のあるクレーンと立体駐車場製造中堅メーカーである。昭和35年に大阪鋼材が取引を開始したが、その2年前には岡谷鋼機との取引が開始されている。基本的には両社と関係のない納入先には、関係する商社や代理店を窓口としてクレーンは販売されていた。同社の主納入先は新日鐵、NKK、神戸製鋼所の各製鉄所、中部電力、久保田鉄工、愛知製鋼、拓南製鉄、トヨタ自動車等を有し、結構大型のクレーン製造技術を持つメーカーである。

私が着任した時は砂堀君が担当していた。私にとっては全てのユーザーは新規である為、一通りは内容を把握しておく必要がある。同社への当社からの販売品目は三菱電機のホイスト等電機品が主であったが、回収条件はNKK等の優良回し手形決済となっている。所がその時調べた限りの回収では期日現金で回収されていたのである。

「砂堀君、宮地の回収が条件通り行われていないがどう言う事か」「ちゃんと手形決済の期日に現金を振り込んで来てるので問題無いと思いますが」「条件が違うだろう、直ぐに交渉して現在の売掛金を回り手形で回収して来なさい」 結局この事が発端で宮地の業績不安が表面化したのである。何が原因であったのか私には知る由も無かった。

当社が宮地から仕入れたクレーン代金は売掛金と相殺せずに手形で支払っており、当社に支払うべき他社の手形は全て資金繰りに使って、期日に現金を何とか都合して支払っていたのである。

早速に宮地社長は当社加野副支店長に対策を相談に来る、応接間で木村機材部長も交えて打ち合わせが行われていたが、私は担当課長でありながら同社の事は何も解らないだろうからと参加させて貰えず、機材部に東京から転勤して来たばかりの大井次長も「JO君、君は責任無いのだから巻き込まれないようにほっとけばいいよ」との言葉、担当課長なんだからそうはいかないだろうと思うものの呼ばれなければ仕方がない。

社長から相談を受けてから旧会社時代担当の二人は、暫くの間昔の関係書類を引っ掻き回して、自分達に責任は無いとする為の書類を探し回っていたのには流石に呆れたけどね。

宮地鐵工所は新日鐵が受注した中国の宝山製鉄所建設プラントの膨大なクレーンを、日鐵商事本社機材部経由で昭和53年に約60台受注しており、宮地が倒産した場合はどうするのか、他のメーカーに変更しても見透かされて価格的に無理があるだろうし、この問題では本社を交えての打ち合わせが続いた結果、昭和55年資本参加して当社の系列として全面支援する事となったのである。(月曜に続く)

2016_0331入丸八幡0008
三菱ホイスト会三菱電機名古屋製作所可児工場視察会 上段右から2番小生、中段右から5番飛田氏

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