私の生涯日誌 その84

2016年  26日 08:45
昭和54年の3月某日、事前打ち合わせに名古屋支店に行き、関係者に挨拶と総務山本課長に4月からの本山の独身寮の入居を依頼し、同時に家族が移って来る場合に備えて、星ヶ丘の社宅の間取りを確認したが5人暮らしには狭すぎると判断した。

本山寮に必要最小限の荷物を送り、みんなに見送られるのを嫌って朝早い飛行機で名古屋に向かう事とした。見送りに来てくれたのは吉岡支店長と山崎君夫妻と部下の吉川嬢と家族だけ、柱の陰で涙している女性は残念ながら居なかったな。

着任した時の名古屋支店の組織は、橋詰取締役支店長(入丸)、加野副支店長(大鋼)、機材特殊鋼部木村部長(大鋼)、鋼板部長崎部長(入丸)、条鋼建材部川上部長(大鋼)、総務部加藤部長(入丸)

私の所属となる機材特殊鋼部は木村部長の下に大井次長(入丸)、機材課:課長小生(入丸)、砂堀君(大鋼)、大橋君(大鋼)、特殊鋼課:岡崎課長(大鋼)、藤井君(大鋼)、柳井君(大鋼)、佐治嬢、溶材課:荒川課長(大鋼)、寺儀君(大鋼)、飯田夫人、原料課:佐藤課長(大鋼)、片出君(入丸)、溝口君(大鋼)。

合併した時の入丸と大鋼の規模は人員も、業績も大鋼がかなり大きくその為部課での課員の配属にはかなりの差が出ていたのは事実である。役員構成は対等にしていたが、その下の人員に差が出来たのは仕方がないだろう。

着任して直ぐの記憶では、腰にコルセットを巻いた片出君がずんぐりした体で挨拶に来た事、佐治嬢と話をした時に生粋の名古屋弁で喋られた言葉に驚いた事が印象に残っている。直ぐ隣は鋼板部で田島課長(入丸)と塚田君(入丸)、大野君(入丸)もいたと思ったが、長崎部長にご馳走になった話は来週にして、塚田君は丁度大阪転勤になったばかりだった。

彼は扶桑町に住んでおり、家族全員一緒に大阪に行くと言う。間取りも丁度良いし社宅として借りてくれると助かるとの話、我が家族も恐らく名古屋に来ると言うだろうし、総務の山本課長も勧めるので取り敢えずその気になったが、入居してから交通の便の悪さに泣かされる事になる。

2016_0325入丸八幡0001   2016_0325入丸八幡0008
春日の家、裏山と手作りの庭、これで見納めになる。後ろに新居祝いに貰った桃の古木。  福岡空港には吉岡支店長が見送りに来てくれたんだ。

COMMENT 1

-  2016, 03. 29 [Tue] 01:01

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

編集 | 返信 |