私の生涯日誌 その60

2016年  26日 11:14
福岡営業所で私は条鋼(丸棒、形鋼)の担当となる。テリトリーは博多市内の一部特約店、北九州の関係先、佐賀、熊本、鹿児島の特約店となる。条鋼と言っても主として丸棒を扱う事が多く、仕入れメーカーは異型丸棒の東海鋼業(北九州)普通ベース丸棒の大丸製鋼(北九州)西九州製鋼(佐賀県)であったが東海鋼業と西九州製鋼がメインであった。

北九州は八幡の鋼材屋、八幡支店時代に営業に回った戸畑の壱岐尾鉄工の社長に紹介された瑞穂物産と言う会社、丸棒を中心に取引が始まった。ここの会社との取引は結構長く続き、今から書いて行く出来事等は数年に亘った中の出来事と解釈して欲しい。

福田社長は温厚な人当たりの良い人で、取引関係にはHK興産と言う多少ブローカー的な会社があったが、ここの西田社長の兄貴さんは東京で会社を経営し、昔ボクサーで藤猛と言うスーパーライト級の世界チャンピオンが居た(日系3世、片言でのヤマトダマシイ、オカヤマノオバアチャンが有名)がこの藤猛の後援会長をやっていた。八幡製鐵から上手に鋼材を2級品にして仕入れていたようだ。

福田社長はこのHK興産から鋼材を仕入れて結構旨みのある商売を続けていた。当社からの丸棒は小規模の土建、建築会社に月に300t位のペースで取引をしていたかな。

福田社長、壱岐尾社長、西田社長、ブローカーの吉田氏の中で時々麻雀もやったし、飲みにも行ったし、瑞穂物産の社員旅行にもついて行った事もあったし、釣りの好きな前記の人達と五島列島まで石鯛を釣りに行った事もある。

始めて行った石鯛釣りでは4人で行って私だけが釣れたんだ。釣り上げた瞬間は紫色だよ。そして釣り上げて直ぐ石に触れた所だけが白く変色するのを始めて知った。ただこれ一匹だけでは餌のサザエ代(網袋一杯)の方が高くついたものだった。

社長の妹の旦那もこの会社に勤めていて、彼とはボウリングの全盛期時代に良く行ったものだ。私の最高スコアは238点、マイボール、マイシューズも揃えて結構ハマっていた。

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瑞穂物産での仕事振り。         五島列島での石鯛釣り。
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ウェスト72cm 夏でも腹巻。 瑞穂の3悪人 阿蘇で、 こんな時代もあったねと。

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-  2016, 02. 27 [Sat] 11:15

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