私の生涯日誌 その59

2016年  25日 10:16
福岡営業所は八幡支店管轄では無く本社管轄の営業所だった。従ってそれ以降八幡支店の情報は殆ど流れて来なかった。呉服町の事務所は博多駅から、当時は未だ走っていた路面電車で2駅ですぐの所にあった。呉服町の大きな四つ角の一角に大丸デパートがあり、営業所の前の電車道を歩いても、一本中に入った川端商店街を抜けても直ぐに夜の繁華街東中洲に至る。

中洲に面した那珂川を境に手前側即ちJRの博多駅がある方が商人の町博多、橋を渡った天神町側が武士の町福岡となる。天神は岩田屋デパートや商業ビルの立ち並ぶ商業の中心であり、久留米方面に走る西鉄電車の始発駅、即ち福岡駅がある。天神から浜に向かって電車通りを少し歩くと福岡城址があり、その一帯は大きな大濠公園や平和台競技場もあり、周辺は外交官屋敷が立ち並ぶ閑静な住宅街になる。

地図を頭に描いて戴いてもお分かりの様に、我が事務所は日本でも有数の夜の歓楽街東中洲が、歩いても直ぐの所にあり、八幡支店の支店長は私の鎖を解き放って最高の居場所を提供してくれた、即ち虎を野に放ったのである。

待て待て、私は博多に遊びに来た訳ではないぞ、まずは仕事に専念しなければならない・・・とは言うものの八幡支店時代の記事を書く時の筆の重さに比べたら何とも軽快に、頭の中はあれを書こうかこれを書こうかと出来事が渦巻いている。

吉田所長は笹島に奥さんと息子さんの3人暮らし、岩本氏は5歳年上で既婚、六本松の近くの梅光園団地に住んでいる。坂田氏は3歳年上、未だ独身で結構自由奔放に生きている感じ、後の話になるが彼が悪い病気を貰って治療中の時があって、彼と麻雀をする時にトイレに行く場合は、後では無くてトイレに入る前に手を洗わないと危険だと言う逸話もあった。

金井君は経理担当、高卒で2歳位下じゃなかったかな、少し小太りで頭の髪はリーゼントバッチリ決めており、岩本氏と同じ梅光園の独身棟に住んでいた。竹中君はどこに住んでたかな、ひょろっとせの高い、真剣に話す時の顔は目をグリグリさせて口を尖らせて喋っていた。当時特約店の事務員で将来結婚する女性と付き合っていたのだった。

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追い山で有名な櫛田神社。川端壽通り。ここの雀荘には良く行った。
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東中洲繁華街を展望     懐かしい中洲警部交番、世話にはなってないからね。

COMMENT 3

ひろし  2016, 02. 25 [Thu] 13:54

小生は42年に大阪から名古屋へ「名古屋で商売ができ、和歌山で集金でけたら一人前や」と言われましたがその意味がわかるのは時間の問題でした。城さんは博多ですか、仕事にアフタファイブに本領発揮でございますね。酒はうまいし・・・・はきれいで・・・・でよかとろですね。色々な武勇伝聞かしてください。

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エースの城  2016, 02. 25 [Thu] 14:59

To ひろしさん

コメント有難う
武勇伝は聞かせたいけれど、適当にしておかないと大変になる事はお判りでしょう。
品行方正の私です。全てがジャブジャブですよ。これ学生時代にも一度使ったなぁ。

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-  2016, 02. 25 [Thu] 21:38

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