私の生涯日誌 その56

2016年  22日 09:14
辛い仕事で思い出すのはやはり雨が降っている中、戸畑の工場地帯を飛び込みで般若の旋盤や小松製作所のフォークリフトをPR・販売に回っていた事だ。会社を出る前に、訪問する地域の会社の内容を調べてから歩いて回る。
車の免許は持ってなかったので傘をさして歩くのだが、初めての会社に入る瞬間が一番度胸がいるんだよな。アポイントなんか取れないから全て飛び込みだ、入ってしまえば後は担当者に会える事への努力をすればいいんだ。

小いさな鉄工所に旋盤を1台割賦販売で納めていた時、手形決済が終わる前に倒産してしまった。月末に不渡りが判り急いで会社を訪問したが、所有権が我が社にある旋盤は既に工場に無い。社長と交渉しても埒があかず、仕方なく公正証書に基づいて社長宅の家具一切の差押えの手続きを取ったが、執行吏が差押えする時は立ち会わないといけないんだ。奥さんには泣き喚かれるし、それより中学生位の男の子が黙って机に座っていた後ろ姿を見た時は辛くて、本当に心が痛んだね。

一度はブルドーザーを大分中津にある土建屋に、やはり割賦販売で収めたが不渡りを出されてね、朝駆けで事務所兼社長宅を訪問し、支払いを続けて貰う様に頼んでも「今、金が無いんだ仕方ないだろ、もう少し待てよ」と言うばかり。
会社と言っても怖いお兄さんがごろごろ出入りしている所、私の会社では支店長が「支払いは待てない、支払いが無ければブルを引き上げて来なさい」との指示。
トレーラーを引き連れて3日位朝駆けしてやっと社長の了解を得、トレーラーに積み込もうとしたら「きさんらなんばしよっとか」と怖いお兄さん達に取り囲まれ、社長の所に確認して貰ってやっと開放されたが、トレーラーの運転手はビビってしまってたなぁ

これは何時だったか、不渡りと聞いた途端にトラックを手配して、作業員3人程相手の工場に乗り込ませて、何でもいいから工場にある鋼材を持って帰って来いと、荒っぽい指示を出して引き取って来た事もあった。専業商社なんて商社とは名ばかり、大手と違って少々際どい事でも何でもやらないと生き残れなかったんだ。だけどお陰様で人間的には強くなって行ったよ。

早苗は会社を昭和38年末で退社、二人は両親の家に一緒に住んでいた。

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実家の庭で。もう若奥様って感じだね。

COMMENT 3

ひろし  2016, 02. 22 [Mon] 14:00

貸し倒れの回収と債権者会議

鋼材のように毎月の定量販売とは違い機材等は、契約後の与信管理が手薄となりがちで不測の事態では慌てますよね。クライアントの倒産は小生も経験があります。関連部門の応援を得て、債権の回収に奮闘するのですが、何と言っても経験がものを言うね、授業料は少ないのに越したことはありません。城さんは新入社員時代に貴重な経験をした事が、将来大いに役立っていますよね。業界そして特に社内的にも。鉄砲球の飛んでくるのは、前からばかりじゃないよ後ろからも飛んでくるのですよね・・・・

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エースの城  2016, 02. 23 [Tue] 08:02

To ひろしさん

コメント有難う
流石ひろし君は経験豊富な優秀な社員、良く判っておられますね。私は優秀でない上司には楯突く所があって、その点優秀なサラリーマンでは無かったと思いますよ。優秀な部下には恵まれましたけどね。ダメな上司にでも草履取りにならないと出世はしませんね。

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-  2016, 02. 23 [Tue] 11:23

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