私の生涯日誌 その54

2016年  19日 08:44
八幡七条支店時代の出来事と言えば、人事では桜井先輩と同期の根津君が配属されて来て、二人共支店2階の寮で生活をする事となった。仕事が終わると直ぐ2階に上がり、広間では麻雀がご開帳になる。当然寮に居る根津君は常にメンバーの一人だったが、彼は本当に下手だったんだよ。

その頃の決済は給料日精算となっており、彼はいつも支払い組だった。私もずるい所があって給料日間近になって麻雀の成績がマイナスになっていた場合、必ず根津君を誘っての麻雀をやったんだ。彼は断る事を知らなかったからな、根津君悪い事をしたと思っているよ。
彼は負けているとしつこくてねぇ、止めようとしないんだ、いつの間にか彼の名前は根津徹夜と呼ばれるようになった。本名の武史は実際忘れられてしまったようだった。

般若の旋盤の販売に嬉しい思い出辛い思い出がある。嬉しい思い出は大分県日田市にある日田林工高校に旋盤が纏めて10台位売れたんだ、木工用の設備としてだ。精度に厳しくなく価格も安い事が決め手だった。日田林工高校はその後野球部が大分県代表として夏の甲子園に出場し、名前を聞いた時は本当に懐かしかったな。

旋盤を収めて無事検収も終わり代金回収当日、関係の先生方を日田の旅館で接待したんだ。受け取った代金の現金は、昔は銀行振込も知らず、いつも身につけていた腹巻にしっかり収めて安心して宴会に出た、勿論私一人で芸者も呼んでね。

飲んだんだよね、宴会場での記憶は余り残っていないが酔っ払ってしまったんだ、嬉しさもあり若気の至りで、接待に慣れてもいないのに飲みすぎて、気が着いたら芸者さんに介抱されていたんだ。気付いた途端慌てて腹に手を突っ込んで、現金に手が触れた時はほっとしたんだ。あの時のお札の手触りは今も忘れられないね。「先生方は?」「もう帰られましたよ」 何ともみっともない若かりし営業マンの失敗談。

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七条時代の仕事ぶり、様になってるねぇ。隣は中野課長。城島高原でのキャンプ。この時代は良く行っていたな。
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八幡製鐵鋼材取扱い商社がメンバーの十日会の野球大会。 人吉への社員旅行球磨川下り。大学時代一度乗ったな。   

COMMENT 2

-  2016, 02. 19 [Fri] 15:44

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エースの城  2016, 02. 20 [Sat] 09:27

To -さん

ひろし君 コメント有難う
名古屋時代に入ったら、バックに色々と情報を持って話の構成を考える、この為にも有難いですね。思い出したら何でも宜しく。
名古屋の特殊鋼課は岡崎氏が課長で貴兄と近すけともう一人いたな。女性は誰だったかな。

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