私の生涯日誌 その46

2016年  10日 07:00
3年の夏休みに入ったある日、大森君と九州の夫々の家にあのボロ自転車で帰ろうと言う計画を立てた。そこでその前夜壮行会を「丸福」でやっていたら、3日の生涯日誌41に写真を載せた某氏が偶然入って来てヒートアップ、下宿に戻って今少し飲む事になった。

彼は125ccの単車に乗って来ていたので、調子に乗った小生は酔いにも任せて単車を貸して貰ったんたんだ。免許は持って無かったけれど自動車部だよ、簡単簡単とそのまま本通りに出て調子良く亀山から県庁に向かっての坂道をぶっ飛ばしたんだ。

県警前を素通りして県庁前のカーブを曲がろうとしたけど曲がれない、このままだと堀に突っ込む、危ないと自ら転んだら自分だけ飛んじゃってね。振り向いたら単車は逆さまになって、未だエンジン止まらずブンブンいっている。

県警が近いので慌てて車を立て直し、そのまま帰ればいいのに又湯田迄飛ばしたんだ、そこで溝にはまってエンスト。今度はエンジンもかからなくなってそこから下宿迄押して帰ったんだ。流石にもう疲れ切ってね、着いたらバタンキューと寝てしまい後の事は何も覚えて無い。酔っ払い・無免許運転はもう時効だよ。

次の朝大森に聞いたら某氏は簡単にエンジンをかけて帰ったそうだ。問題はそれからで足が痛いので調べたら、内ももが付け根から膝の上まで内出血で真っ青になっている。昨日は酔っていたので気付かなかったんだ。それでどうしたと思う、朝ちゃんと自転車で出発したんだ、若かったねぇ。

結局その日の内に下関の山大農学部の寮に行ってね、教養部時代に知り合った奴も居たので泊めて貰ったよ、痛み止めに酒を又飲んでね。その時の写真はボケていて駄目だった。翌朝下関出発、私は若松の実家へ、大森は我が家に寄らず真っ直ぐ実家の玉名に向かった。休みが終わって山口へはどの様にして帰ったか、自転車に乗った記憶は全く無い。

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下関へ自転車走行の途中休憩自宅に着いてほっと一息
下の写真は父還暦60歳の記念。母55歳、長兄29歳、 兄嫁22歳、次兄25歳、私22歳、早苗23歳(家族同様の為一緒に)・・・昭和35年
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COMMENT 2

ひろし  2016, 02. 10 [Wed] 15:26

面長のところ人目でご先祖さまとわかる写真ですね。小生のかみさんは、長崎の三河内の田舎ですので、吉宗の名前は聞いたことが有るようなきがすると言ってました。
寮生活謳歌されてますね。大森さんとは良いコンビのように見受けられますが?。大森氏の消息は、宗像市自由が丘(JR赤間駅)付近との事、今朝小倉の北村氏からメ-ルがありました。20数年後同じ職場で再会とは、お釈迦様でも・・・・・サラリ-マン生活物語その3を改めて読みなおしました。

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エースの城  2016, 02. 10 [Wed] 16:36

ひろし君  コメント有難う
私は寮には一度も入らず4年間下宿でしたよ。大森の件は本人良い気持ちにはならないだろうから余り騒ぎ立てずすらっと流して下さい。頼みます。

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