休日の幕間記事

2016年  07日 14:10
〇 1912年早川徳次氏が創業したテレビや白物家電、情報機器、電子部品などを手がける電機メーカーシャープ」が台湾の鴻海精密工業に買収される公算が高い。シャープは経営再建中で、技術の海外流出を阻止しようと官民ファンドの産業革新機構が提案した支援策(主力銀行追加支援を含め6500億)より、鴻海が提示した出資額(7000億)が多いし、こちらは自分達も退陣せずに済むとの事。

無能な高橋社長はシャープの経営をボロボロにした上に、財産である技術の流出より自分達首脳陣を保全してくれる事を選ぶようだ。こ奴は本当に日本人かい! 台湾と言っても安かろう悪かろうの中国だろ。僅かの金額差で復興の努力も放棄した言わば売国奴だな、もうこれ以上なにも言わないが、早川徳次氏も草場の蔭で泣いているぞ。東芝も心配になって来たな。

〇 過去何度もブログに記事を書いた我が家の系累でもある吉宗から、創業150年記念として執筆された、吉宗の歴史を綴った「温故知新」と言う本が3冊送られて来た。私の兄弟3人分だと解釈し配分した。

「吉宗」は長崎で「茶碗蒸し」「蒸寿し」の老舗として今も続く有名な店である。店名の基となった創業者の吉信武氏は元々伊予松山藩の武士であったが、長崎に於いて商家の吉田家に婿養子として入り、武士の商法と言われながらも色々な職を経験した後、やっと「茶碗蒸し」に辿り着いたようだ。

苗字は変わっても我が家と吉田宗吉氏の吉田家とは祖先を同じくしているが、この本で始めてご本人の写真を見た訳である。やはり元は武士だね、羽織袴で座った姿はとしている。
余り背は高くないようだが、実は我が家の祖父虎一は、剣道の免許皆伝を得て長崎では小天狗と呼ばれていたらしい。小と言われるように祖父も背は低かったようだ。

私の父は子供の頃「吉宗」に親戚として出入りしていた記憶があると話をしていたが、当然両家の行き来は昔はあっただろうと思われる。どのようにして、どの時代から行き来が出来たのか私には判らないが、亡くなった年代で調べてみると吉田宗吉氏と我が家の曽祖父米三郎とは米三郎が8歳上、祖父の虎一とは虎一が12歳下となるからこの辺りで姻戚関係が判っての付き合いが始まったのかもしれない。

考えてみれば私の父が三井銀行に勤めて長崎を離れてから、我が家と吉田家との関係が途切れたのかも知れない。今後付き合いが再開されるかどうかは判らないが不思議な縁だと思っている。

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吉田家の了解を得ずに宗吉翁の写真を掲載した。ご了承戴きたい。




COMMENT 2

ごくしげ  2016, 02. 08 [Mon] 08:54

おはようございます^^

テンプレート変えたんですね^^
最初、間違えて他所のブログを訪問してしまったかと
一瞬思いました(笑)

前の黒い地も良いけど、この白い地の方が
なんか落ち着ける柔らかい感じになったようで。
奥さんのちぎり絵が更にそんな感じにさせるのでしょうかね。

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エースの城  2016, 02. 08 [Mon] 13:10

ごくしげさん コメント有難う
コメントを入れやすくする修復をする時に、雰囲気を変えようとお願いしました。見易くなったと評判が良く安心しました。年寄りは単純な方がやり易いです。

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