私の生涯日誌 その38

2016年  30日 09:50
私の生涯日誌を37回迄続けて来たが、余り読まれていないのか面白くないのか拍手も少ない。途中に書いたボヤキの記事の方が評価されているようだ。自分の人生の記録としてボケる前に書いておこうと思ったのだから、別に読者の事を気にする必要は無いのだけれど、この辺り私も未だ、気持ちは俗世の中に漂っているのだろうな。

遂に山口大学経済学部の学生となった。早速中本の奥さんは私の為に下宿先を捜してくれた。中本さん宅から30m位離れた竹田(仮名)さん宅、ご主人は小学校の校長先生で頭の薄い物静かなちっちゃな人、それに引きかへでっぷりと貫禄のある早口の奥さん、同居している30代の綺麗な長女と市役所勤めの旦那にそのお子さん2人、竹田さん宅の娘2人、姉はぽっちゃりした大人しい娘、妹は細身の活発な娘、彼女には山大卒の恋人あり。息子が居ないので長女夫婦が同居なんだ。

家は2階建て、玄関に至る10m位の道の左右はご主人の趣味の家庭菜園、玄関入って直ぐに二階への階段、上って左に2部屋あって玄関側に窓のある廊下付きの4.5畳(山大中国語講師下宿)、襖で隔てられた隣が裏庭側の4.5畳の私の部屋。階段を上がって右側の部屋が娘2人の部屋。ここが、私がこれから4年間世話になった竹田家の全貌だ。

食事を世話になる中本さんは会社員のご主人(50歳代)と奥さんはいかり肩で細身の人の良い方、洋裁店で服の裁断をしている娘の孝子(仮名)さん、小学生の時男(仮名)君の4人暮らし、前にも述べた様に食事を提供するのは私が始めてだ。

下宿は山口市中清水、場所は山口市亀山の経済学部校舎と湯田温泉との中間に位置する住宅地と言える。私が生活した当時の山口市は山口県の県庁所在地ながら、駅も小さな古臭い田舎の駅と言う感じで、歩いて街のどこへでも行ける様な所だが毛利家の廟所や歴史的な寺院のある静かな佇まいの町、何しろ近くの湯田温泉以外何も無い町だけに山口大学の学生は本当に大切にしてくれたな。に染まらずなままで過ごせたのもこの町あっての事だろう。。

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山口大学経済学部正門前 高商・経専時代からの歴史ある建物だ。 経済学部から見えるザビエル教会の塔。
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竹田家玄関 4年間世話になった愛車。 中本さん宅娘、竹田さん宅娘。  当時の大学生は8割以上学生服だった。

COMMENT 5

宝香  2016, 01. 30 [Sat] 12:39

NoTitle

「生涯日誌」毎回楽しく読ませていただいております。
城さんが素晴らしくイケメンで、
このまま無事に奥様とゴールインなさるのだろうか、
それから波風たつことはなかったのだろうか、と、
人ごとながら心配になるほどです。
とは言っても、今でも可愛い奥様と仲睦まじいご様子。心配ないですね。
これからも続きを楽しみにしています。

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ひろし  2016, 01. 30 [Sat] 15:07

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ブログ書き出しが気になり、12月の1日~31日まで拍手の数字をチェックしてみたが平均値6前後です。しかし12月25日~27日の3ヶ日間の平均値は10です、これは、小生なりに分析したところマドンナとのほのぼのとした写真が原因かなあ
他に何かあるのかなあ?

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エースの城  2016, 01. 30 [Sat] 15:26

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宝香さん コメント有難う
返事は貴女の記事に書きます。

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エースの城  2016, 01. 30 [Sat] 15:33

NoTitle

ひろし君 コメント有難う
気を使わせましたねぇ、大変だったでしょう。時々愚痴を言ってみたくなるんだよねぇ。こんな写真でいいのかなぁ。

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-  2016, 01. 30 [Sat] 16:39

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