私の生涯日誌 その37

2016年  27日 08:47
こんな生活を続けながら日時は刻々と過ぎて行き大学受験の日程が近づいた。又九大一本と決めていたが、父から山口大学を受けるだけ受けてみたらどうかとの話があり、合格しても行かなくても良いとの条件で経済学部の願書を提出した。結果は九大は又もや見事不合格

山大の受験には学校斡旋の民間の中本さん宅に宿泊を予約、この家は両親と私の同年代位の娘、小学生の息子の4人家族、今回真面目そうな現役の受験生も同宿となったが、私は食後にこの娘と息子を連れて湯田温泉迄ぶらぶら散歩しながらのんびりした時間を過ごしたんだ。

翌日の試験日は合格しても来る気が無いだけに気楽に受験、午後の時間の試験には、教室の裏にあるザビエル教会で時間を過ごし過ぎ、ぎりぎりに試験会場に入る始末だったが無事終了。宿を引き上げる時にはそこの奥さんから、「合格したら私がこの近所に下宿先を見つけておくし、初めての事だけど朝晩の食事はここでしてあげる」とえらく気に入られてしまった。

2016_0122運動会0041  2016_0126早苗写真0017
入試願書用写真、写真屋が黒子をゴミと思って消してしまった。   正月に挨拶。

結果は合格、不思議なものだねぇ、あれだけ合格しても行かないと意地を張っていたのに、合格と聞いた途端もう勉強をする気が無くなってさっさと周囲に合格挨拶、父はちゃんと先を見通していたんだ。親もさる事ながら一番喜んだのは早苗だったな。

S33年3月には康介兄は九大を優秀な成績で卒業し三菱銀行に就職決定。その年龍介兄は父の斡旋もあって、父と同じ植田製作所に営業マンとして就職、父の負担は私だけとなった

2016_0126家族写真0013

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-  2016, 01. 29 [Fri] 22:35

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