私の生涯日誌 その35

2016年  25日 09:30
若松高校の正門(門迄50m位の登り左右桜並木)と校舎、卒業時の加来校長。

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卒業記念写真 永野師と3年4組仲間達、 写真の左に私が考えた言葉を残して貰った「俺たちは仲間だった 美しい目と 真摯な思索をもった若々しい仲間だった。」
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早苗の3年1組、就職組。赤司師と仲間達。
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3年生時の成績を約束通り公表する。3年では通知表の科目が8科目と減る。全て5であれば3学期合計で120、私の総合計点数は93(5×8、4×11、3×3)、最後となる3学期の中間考査は8科目合計602点(1科目平均75.3点)、17位/88人中(進学組人数)
誠にお恥ずかしい成績で高校生活を終わった。この実力で厚かましくも九州大学経済学部を受験したが、見事不合格となる。

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早苗の卒業写真。彼女は就職試験で郵政局三菱商事㈱に合格し、どちらを選ぶかで迷っていたが、本人の意志で三菱商事㈱に就職する事を決めた。右の写真は履歴書に添付する写真を若松市内の写真館で撮ったものだが、これには後のエピソードがある。この写真館が表の出窓にこの写真を無断で飾っていたらしい。
ある日早苗の家に2組の家族が別々に訪ねて来て、親父さんに早苗を息子の嫁にと申し込みがあったらしい。これは勿論早苗から後で聞いた話であるが、親父さんの「娘にはもう決まった者がおりますので」とその場の返事で断ったそうだ。今は亡き親父さんには今も感謝している。本当に無口な親父さんで、それ迄何も話をした事は無かったのだけどちゃんと考えてくれていたんだ。

COMMENT 2

ひろし  2016, 01. 25 [Mon] 13:44

NoTitle

奥様の就職先が商事とは素晴らしい、その昔商事の女性と結婚した某氏が奥さんの給料を追い越すのに、随分かかったとぼやいてた、また団交場で商事から派遣された某社長に、「お前等悔しかったら商事に入社してみろ」と言われたと聞いた、これほんとの話。

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エースの城  2016, 01. 25 [Mon] 13:59

NoTitle

そうだね 私が入社した時の初任給は彼女の給与より低かったのを覚えているよ。大鋼は一時商事の管理下にあったものね。

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