私の生涯日誌 その31

2016年  20日 09:47
2年になるとクラスが再編成され4組になってクラス担任が永野先生になる。目が少し飛び出している事からあだ名は出目金、3年でクラス替えがあったが先生はそのまま永野先生となった。相変わらずの学生生活と早苗との毎日に大きな変化は無かったが、未だ山ノ堂の家に変わる前に一度永野先生が修多羅の家迄態々訪ねて来られ、「最近少し成績が落ち気味だが菊川さんとの付き合いが原因か」と聞かれた事があった。多分にそれは考えられたがそうだとも言えなかった事を覚えている。

当時の娯楽は映画を見る位しか無かったが、若松には東映系の青春映画を上映する「若松東映」(?)と松竹系映画の旭座と毎日座があった。若松東映は同級生の黒坪の家が経営する映画館で我々は結構裏口から入ってタダで映画を観ていた。毎日座は昔の芝居小屋の流れで2階の観客席は椅子席の前にぐるりと畳の席があって靴を脱いで座るようになっていた。時代劇が多かったので小学生時代に良く行った気がする。

3年になると進学の勉強に集中する為、修学旅行は2年の終わりに実施される。定番の京都から東京、日光と回るコースで2泊3日だったと思う。京都は嵐山から京都御所から清水寺を回って宿泊。翌日東京に向かう汽車の中で男子の有志4~5人が、日頃気に入らない漢文の久保先生前に行き「先生、先生ぃと威張るなシャモよ シャモは先生のなれの果て」とかなんとか節回しをつけて歌って逃げたら後で散々怒られたが、その頃はこの程度のいたずらで可愛いものだったな。(漢文担任、弓道部、久保先生のあだ名:シャモ:本人頭が禿げて尖っていたので)

東京は皇居前で写した写真があるが、確か観光バスでの遊覧で後は日光:華厳の滝、東照宮に行ったと思う。

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嵐山で相変わらずの二人。            小学校時代の恋人と平尾台の鍾乳洞に入ったみどりちゃんと早苗
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皇居前広場                                  華厳の滝
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私のクラス    私は中段     最前列 永野先生、大川さん       日光東照宮
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早苗のクラス            岡野先生、久保先生、早苗



COMMENT 3

ひろし  2016, 01. 20 [Wed] 10:45

NoTitle

舟木一夫の歌声が聞こえてきそうな楽しい修学旅行のようですね、小生は修学旅行で東京の高校生の制服がブレザーとは驚きでした。叔父さんと八公の前で待ち合わせしたけど、当時は携帯も無く難儀したなあ。
城さんコ-トが良く似合ってますね。

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-  2016, 01. 20 [Wed] 10:48

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エースの城  2016, 01. 20 [Wed] 14:28

NoTitle

ひろし君 コメント有難う
小生昔は細身で今と変わらずオシャレでしたからねぇ。将来の嫁さんは駅に止まる度に汽車の窓から何かと差し入れをしてくれてました。

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