私の生涯日誌 その28

2016年  16日 08:47
高校の授業は殆どが移動教室だった。私は自分の机に落書きをするのが好きで、藤村の詩とか自分が作った詩とか有名人の散文の一節とかを書き込んでいた。

ある日生徒会で一緒になった大川貴子と言う他のクラスの女の子から「私ね、7組での授業の時は貴方の机に座っているの、色々と面白い事書いてあるでしょう」と言われてドキっとした事がある。その子は4中から来た子で頭も良く容姿端麗と言っても良く私にとっては危険な子と言えた。

それから私の机は彼女に向けての言葉で一杯になって行った、勿論他のクラスの誰が座るかも判らない為、露骨なことは書けないよな。彼女だったら判るだろうなと言う程度の言葉だったが、聡明な彼女は直ぐに理解して二人だけの交換日記みたいになったんだ。

2年の時の夏に私は早苗と小石海岸に泳ぎに行った事がある。その時どのような事情だったか忘れたけれど2中の時からの友達の日高、林、そして西南高校に行った椿田が一緒だった。
そこにあの彼女が来たんだ。小石海岸は若松高校から割に近く歩いて30分もかからなかった様に思う。確か夏休みだったが彼女は補習授業を受けた帰りに立ち寄ったようだ。何故私がここにいる事を知っていたかなんて事はもう忘れた。

早苗は彼女と私の間のただならぬ雰囲気を感じ取っていた、当然だろう、学校の机の交換日誌的な話題も結構皆の口にされるようになっていたし、こんな事は判ってしまうものなんだ。

皆で写真を撮った後、急に早苗が居なくなってね、どこに行ったんだろうと捜していたら誰かが「おいあれは早苗さんじゃないか」と沖を指差している。良く見ると早苗が一人で沖に向かってボートを漕いでいるんだ。「まずいよ彼女は泳げないし沖は流れもあるし」と戻る様に大声で呼んだ記憶はある。結果としてはボートはかなり遠くの岸に流れ着いたので、私一人で迎えに行ったら、泣いていたな。後の事は霞の様に消えてしまった古い思い出だね。

彼女からある時学校に朝早く来て欲しいと真剣な表情で言われたんだ。結局私はそれを逃げてしまった。いつもの時間に教室に入ると彼女は机に座ってじっと俯いていた。私は卑怯だったかも知れない、はっきりと言われた訳では無かったけれど揺れ動く自分の性格が怖かったんだ。
高校を卒業して彼女は安山電機に入り新日銅の人と結婚したと聞いた。

2016_0115高校時代20013

雲はいつしか変形して  終には消え去ってしまうけれど  画いた雲は残っている
在りし日のままに残っている  かの日 画いた雲には喜びがあった
だが 今見る雲は哀しくて  そのままに動かぬ雲は見るに耐え難い
君知るや  動かぬ雲の苦しみを 
時と共に  消え去り行かぬものの切なさを                高校時代

COMMENT 2

ひろし  2016, 01. 16 [Sat] 10:05

NoTitle

小生の頭のどこかで、「青い山脈」の映画のメロデ-が流れてる。S24年の作だ城さんも、早苗さんと鑑賞されたかと思うが、島崎雪子は、早苗さんかな、どうかな?。ちなみにこの映画は、計5回ヒロインが変わり製作されているのだが、サイクリングで浜辺のシ-ンと海が重なる・・・



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エースの城  2016, 01. 16 [Sat] 10:47

NoTitle

ひろし君 コメント有難う
僕の記憶にある青い山脈は、原節子が先生で池部良、杉葉子のコンビ、確かガンさんは伊豆肇じゃなかったかな。下級生のメガネの女の子は高峰秀子じゃなかっただろうか。 僕の青春は恋多き青春だった。

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