私の生涯日誌 その12

2015年  10日 12:00
私は昭和26年3月10日付で偉そうに「REMENBER」と言う思い出の記をA3の綴じ込みで作っていた。15項に亘って心に残った出来事や感想文、西条八十の詩や色々な格言等たわいのない事を書いている最後に、父と母の言葉と先生の言葉が書いてあった。恐らくこの綴じ込みはいつかは灰になってしまうからこのブログに残しておきたいと思う。

から
早いもので昨日小学校に入学した様に思はるるのに既に六ヶ年の就学を了へ目出度卒業する日が来た 学校のお陰で読み書き算術も出来る様になった 先生方の御恩を忘れてはならない 幸い六ヶ年の間学業成績も上位を続け又運動方面でも劣らぬ力を持ち皆に親しまれて来たことは誰にでもたやすく得られるものでなくお父さんも非常に嬉しく思ふ お前が一年生の時は高森先生、二年生は松本先生とか加藤先生 三年生から六年生までの四年間を田端先生から教えを受けた 何と言っても一番印象に残るのは田端先生だと思ふ 四年の間お前の勉強振りや精神方面に常に常に心を配りお前がより良く立派になる様にと一方ならぬ力を盡くされた先生のご厚情を決して忘れず期待に副ふ様に今後益々努力する事を望んで止まない。 
お父さんはお前が立派な人間として成長して行くのを楽しみにしている。

2015_1210父母の手記0002

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昌ちゃんお芽出度う お前が元気で小学校を卒業するのを心からお祝いします 字を覚え画が書ける様になったのも皆先生のお蔭だからいつまでもいつまでも御恩を忘れてはいけませんよ 小学校で一番御世話になったのは田端先生でしたね お前が好きな田端先生に四年間も続けて受け持って頂いてこんな仕合わせはありません。
昌ちゃん これからも大切ののですよ 中学に入学すれば小学校とは又ちがって一つ上のお勉強をするのですから心を引きしめ努力して下さいね お前は中々気がつき家の中でとっさの手助けで非常に助かった事も度々でした これから先もその頭を良い方に使って立派な人になる様にとお母さんはいつも念願しています。

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*田端先生からの手記は明日にする。

COMMENT 2

ひろし  2015, 12. 10 [Thu] 13:28

NoTitle

ご両親の温情に育まれ成長した、昌介少年はいよいよ、多感な青春編の入り口にさしかかるので有りましょうか?次回をわくわくいながら待っています。

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エースの城  2015, 12. 10 [Thu] 14:25

NoTitle

ひろし君 コメント有難う
このペースで書いていたら現在にたどり着くかどうか判らんなと言った奴がいた。僻んどるのかね。

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