我が家の家系図に新しい歴史を

2015年  19日 11:15
我が家のご先祖の事で問い合わせ戴いた方とこの度連絡がついてほっとしている。だが内容に付いては公表しないよ。昔の先祖と敵同士で仇討ちの為に、仇(かたき)を探して何十年とか言うのと違うからご安心を。先祖が私と同じ性格なら善行を施しこそすれ仇なんて飛んでもない。

それにしてもブログの記事の中の名前が、丁度探していた人にヒットするとは何か信じられないような怖いような、現代のインターネットの力をしみじみと知った次第。だけどこの先この話がどのように発展して行くかは未だ不明ながら、何かわくわくする興奮を禁じえない。

長崎に居た叔父がお寺さんの過去帳を調べてコツコツと作り上げた我が家の家系図、もしこの叔父が居なかったら、先祖に興味を示してなかったら、叔父は結婚しなかったので子孫は居ず、亡くなった時に弟の私の父が遺品整理をしたが、その中から設計用の青いカーボン紙に手書きされた(叔父は三菱造船所の設計士だった)一枚のこの家系図を見つけてなかったら、先祖の事は何も知らないままに終わっていただろう。何か運命を感じるね。

私の母からは「長崎の吉宗とか十八銀行の初代頭取松田源五郎さんとか皆親戚だよ、源五郎さんの胸像は長崎の諏訪神社の境内にあるんだよ」と言う話を、子供の時から聞かされてはいた。だが既に家族は長崎を離れており、話だけでは私にはどのような繋がりかも判らなかったが、その家系図を基に父から話を聞かされて始めて母の言っていた話が理解出来たんだ。

現在この一枚の家系図に書き込めるのは我が家の流れしかなく、一時調べようと画策した時もあったが行き詰まりそのままで過ごして来たが、これを機会に書き込める親族があればこれに越したる喜びはないと思っている。

COMMENT 1

-  2015, 11. 23 [Mon] 11:30

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

編集 | 返信 |