名張毒ぶどう酒事件

2015年  06日 13:41
1961年三重県名張市で女性5人が毒殺され、殺人罪で死刑が確定し、無実を訴えての第9次再審請求中だった奥西死刑囚が八王子の医療刑務所で病死した。89歳、54年間無実を訴えていた結果である。死刑囚の病死は1948年発生した帝銀事件で平沢死刑囚が1987年、無罪を主張したまま八王子の医療刑務所において95歳で病死して以来だと思う。

どちらの事件にも共通している事は、いずれも一度は自白したものの起訴直前に否認に転じたが、結局死刑が確定し収監された事である。両事件共確たる証拠が当時の鑑定方法では見つからず、本人の自供が刑確定の大きな要素となり、以後否定するも否定の根拠となる証拠が少なかった事も事実である。
取り調べ方法も現在と異なりかなり密室の取り調べ室であり、厳しい取り調べによる自白の信ぴょう性も議論されたが、今となってはこれも確たる証拠とはならない。

私は両事件共、今に至っては事実であるのか冤罪であるのか判らないと言うのが本当だろう。神のみぞ知るである。変な言い方だが弁護士を含めた周囲から、やれ無実だとか、やっていないんだろうと終始吹き込まれたら、洗脳ではないが本当に自分はやっていないと思うこともあるらしい。全ての証拠が曖昧な時には周囲の言葉に惑わされてしまう事もあるらしい。
今度の件がそうだと言っているのでは無いが、もうこれだけの時間が過ぎてしまうと、何が本当かも判らないのが事実ではないだろうか。

また報道陣も白か黒か決着のつかない中で、いかにも悲劇の主人公みたいな取り扱いをするのは如何なものだろう。今は未だ死刑囚であり被害者親族からみれば死刑に出来なかったことを残念に思っている者もいると思うよ。

私は今回始めて本件の弁護士の会見を見たが、あの人数は一体何だろう、山口の母子殺害事件でも歴然とした殺人犯の少年の弁護に、同じような人数の弁護士がずらりと並び、私には死肉に群がるハイエナみたいに見えてしまうんだ。ボランティアなのかな、それとも何か報酬を得るまで止められないって事だろうか。

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-  2015, 10. 13 [Tue] 08:54

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