私の生涯日誌 その265 (鹿児島旅行記 2)

2016年  22日 09:52
指宿フェニックスホテルに着いたら掲示板に団体の名前が書いてあり「春日市立春日中学校」とある。あれ!福岡県の とフロントで聞いたら「そうです修学旅行には毎年来てくれます」との事、41年前この春日市に新居を建て、名古屋に転勤になる6年間住んでいた所でもあるし、春日中学は私の息子と娘が通った学校だ、懐かしいし先生とでも会ったらお話をと思ったが結局会えなかった。

ホテルではまず砂むし温泉に入る。サウナには良く入っていたので大した事はあるまいとタカをくくっていたが、結構蒸されるねぇ。10分が目安と書いてあったが確かに汗だくになった。
夜の海老黒豚会席(10品)はまずまず、風呂上りにビールと2合の焼酎で酔いましたねぇ疲れていたんです。

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2日目(16日)
孫が寝ている間にパターゴルフ場からホテルの全貌を撮り、フロアの土産物売り場の女性にオリビンが浜辺で採れなかった話をした処、ホテルの支配人を呼んで来てくれて彼の紹介で、最終的には観光案内のボランティア活動している今村氏から彼が持っていたオリビンが混ざっている砂を貰ったんだ。

所が何て事は無い!この砂が昨日浜で見た黒い砂と一緒なんだ。今村さんに言われたね「大きな石を考えていたでしょう、今は砂粒と一緒位です、中に混ざったオリビンを取り出す為に、黒い砂の様に見える鉄鉱石の磁気を利用して磁石で鉄鉱石を取り除き、残った中からオリビンを選別するのです」との説明。

家に帰ってこの方法で選別したのが下の写真、右側がオリビン、後は目視で更に選別の要あり。暇な時にやろうかね、だけどこんな事なら袋いっぱい持って帰って、のんびり老後の楽しみにすれば良かった・・・待てよ搭乗前の手荷物検査で磁気が反応し、黒色火薬と間違われる可能性もあったかもね。

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2015_0918鹿児島0004 オリビンは飴色だ
真ん中の貝は「目八葵貝」と言い大きさの同じ貝を二枚合わせるとハート形になるのと、反対から見ると二羽のオウムが向かい合って愛を語っているように見える縁起の良い貝で、I/G氏が目を入れたんだそうだ。これも頂きました!

さて今日は目標の知覧だ。8時半出発、雨は降らないし一般道のドライブも渋滞は無く快適。知覧特攻平和会館入口の横の木立の中に、特攻隊員が居住していた、目立たぬ様に屋根だけが地表にある三角兵舎があった。飛び立つ前にはどんな夢を見ていたのだろうか、手を合わせたい厳粛な気持ちになった。
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平和会館の入口を入って直ぐ右に、表からガラス越しに見えていた零戦の無残な姿、海中から引き上げたものだとの事で翼から後ろは消滅している。胴体も翼も傷みが激しいがプロペラだけは無傷だ、重要な所だけにそれなりの金属を使用しているのだろう。撮影禁止を無断で撮ったので慌てていて全体が上手く写っていない。
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室内に入ると壁一面に貼られた特攻隊員の写真が目に飛び込んで来る、夥しい数の写真だ。右側から写真を見ながら手前のケースに展示してある遺書を眺める、眺めると言うのは申し訳無いが一枚一枚読んで行くには余りにも数が多く、時間に追われては到底ゆっくりと読む事は出来ない。

ただ言えるのは皆素晴らしい文字だ、恐らく二十歳から三十歳位だろうが、このような文章と文字が書けるのはそれなりの教育を受けていた人達だと頭が下がる。

写真の下には名前と階級が書いてあるが少尉、中尉、大尉ばかりで下士官の階級が一人も居ない、恐らく亡くなられてから階級を特進させたのであろう。この方々が生きていたとしても年齢は90歳以上、ご両親はもう全ての方は亡くなられ、兄弟親族と言えどもここを訪ねる人はもう居ないのではないだろうか。

写真で眼鏡を掛けている人は一人も居ない程の健康な体は、皆無駄死にだったのだろうか。昨日安全保障関連法案が成立した。

私は今、良いとも悪いとも言わないがここに飾られている人達の様に、その時点では正当であるかの信念で結局は無駄死になる様な事だけは何としても阻止しなければならないのではないだろうか。帽子を被ったままで見ていた自分は、形では無くて心の中で色々な事にお詫びしていたんだ。
2015_0917鹿児島旅行0053 疾風(キー84甲)の隠撮り

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先月迄ここに展示していた飛燕は今日のテレビニュースにもあった通り、日本に唯一残っている機体であり制作した川崎重工が現在持ち帰り補修中、修理完了後は各務原で展示する予定との事。

降旗監督が制作したドラマ「ホタル」(高倉健、田中裕子)の記念碑もあった。これから舞台でもあった富屋旅館から知覧武家屋敷を回って鹿屋に向かい走る事とした。






COMMENT 2

ごくしげ  2016, 12. 22 [Thu] 19:40

特攻隊の話はほんと、胸打たれますね。
20代の若者が、命を捨てて、国のために戦った
その思いを考えると、いたたまれない気持ちになります。
そう考えると、今、私たちはほんと幸せですね。

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エースの城  2016, 12. 23 [Fri] 10:10

To ごくしげさん

コメント有難うございます。
ごくさんは行かれたかどうか判りませんが、本当にあの写真と遺書は見るのも辛かったですね。肉親の方だったらもっと辛かったでしょう。今の安倍さんはロシアに行くより知覧でもう一度色々な事を考え、少しでも国民の期待に副うように捨て身でぶつかる気持ちになったらどうなんでしょうかね。

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