ロシアに対する私の考え(1)

2015年  28日 08:18
戦時中にはロシア人の事をロ助、中国人の事をチャンコロと言っていた、アメリカ人が日本人をジャップと呼んでいたのと同じだろう。だが今考えてもロシア人中国人以外の呼び方を思いつかない、と言う事はこの国にその時から好感を持っていなかったと言う事だろう。不思議な事に今もこの気持ちは変わっていない
ソ連は第二次世界大戦の終戦間際の昭和20年8月8日に宣戦布告を伝えて来た、そしてもう9日午前零時には攻撃が開始されている。攻撃目標は満州国、樺太南部、朝鮮半島、千島列島を粗同時に侵攻してきた、準備万端していた怒涛の進撃に日本軍との戦闘は一応は行われたが、太平洋戦線の各地で米軍に敗退していた日本軍には防ぐ手段も無く終戦に追い込まれて行った。
日本とソ連との間には日ソ中立条約が結ばれていたが、連合国側特に米国はソ連が戦争の決着がついた頃に便乗参戦して来ると読んでいたのは事実である、ソ連はそんな国だと思われていても平気な国なんだ,、自国の損失を最小限にして連合国の一員としての報酬をこの時から十分に計算していたに違いない。
信義など全く無い、理性も無ければ損得のみで行動する、こう言う国、人種である事は今でも何ら変わる所はない。
だから終戦になるとすぐに、人手不足で遅れていたシベリア開発に従事させる為に、満州に居た日本の兵隊だろうと民間人であろうと見境もなく移送隔離され、長期の抑留生活と奴隷的な強制労働に従事させられた。
その数はロシア側の資料では76万人と言われているが最高数として200万人以上との説もある。これらの抑留者は過酷な労働、飢えと寒さにより多くの者が犠牲となったがその数6万人以上とされながらも、人を人とも思わないソ連の杜撰な管理では今もって正確な数字が判らないと言われているのが真実である。
このソ連の行為は武装解除した日本兵の家庭への復帰を保証したポツダム宣言背くものであるが、まともな人種ではないソ連にとっては約束など破る為にあると考えるのが普通であり従って平気で嘘をつき、自国に利ある事のみが信義であると考えている国である。
今迄の流れで我が国はこの事を十分に理解していながらも、何とか北方領土を取り返す迄はと政府も耐えているのだろう、領土が戻れば即刻国交断絶しろよ、こんな国と付き合ってもまた騙されるだけだよ(続く)

今朝も時間通り歩いたが起きるのが辛かった、ここを早く乗り越えよう。 *小倉高校は準決勝で私立に負けた、つまらん2校が残った、どちらが出ても同じだね。

COMMENT 2

エンターテイナー店長  2015, 07. 28 [Tue] 20:39

NoTitle

オソロシア(恐ろしあ)なんて言葉があるくらいなので、個人的には北朝鮮、中国の次に危険な国であると認識しております。
しかし、ロシアの保有する天然資源は世界経済へ大きな影響を及ぼしますので、北朝鮮の様に軽視は出来ませんね。

編集 | 返信 | 

エースの城  2015, 07. 29 [Wed] 08:13

NoTitle

エンターテイナー店長様
コメント有難うございます。年寄りは目先の好き嫌いだけですぐ表現してしまう欠点を直さないといけませんね。だけどロシアの姿勢は許したくないのですが。

編集 | 返信 |