我が家の系図その3

2015年  06日 09:57
長崎には「くんち」と言うお祭りがある。長崎市の諏訪神社の祭礼だ。7年に一度回ってくる各町内の演し物(有名なもので龍踊り、鯨の潮吹き、傘鉾、阿蘭陀万才等)を諏訪神社に奉納するが、三日目に神社の階段下中段の境内で披露される演し物が有名だ。
今日は祭礼の話ではなく、諏訪神社の境内の裏側で広い公園みたいにな所に、十八銀行初代頭取の松田源五郎の胸像が置かれている。実はこの松田家と我がJ家とは姻戚関係にあると言う話をしようと思ったんだ。
私の曽祖父の妻ヒデと松田源五郎とは兄妹になる、又私の祖父虎一の妻ワカと松田源五郎は叔父と姪の関係にある。複雑な関係は兎も角松田家とはこう言う事で姻戚関係になるんだ。
もう一つ長崎にある「吉宗」(よっそうと読む)と言う百年以上続く茶碗蒸屋(茶碗蒸しと蒸し寿司の店)とも姻戚関係にある。これまた複雑な関係でね、前記の田村庄左衛門の次男が私の祖先だが、その妻(ヤス)が長男(曽祖父)を産んだ後離婚し吉田家に再婚、そこで生んだ娘(ユク)に婿養子で来たのが、驚くなかれ、田村庄左衛門の長男(A家を継ぐ)の子供の「宗吉」なんだ。
ユクと宗吉には血縁関係は無いから問題無いよな。だけどこれはどう言う関係になるんだろ、良く判らん。その吉田宗吉が始めた店が「吉宗」なんだ。
昔、私の父をこの店に連れてきて、子供の頃に食べていたと言う蒸し寿司を頼んだら、その茶碗を見て「昔はこんなに小さくなかったぞ」と言う。当たり前だろう、子供の小さな手で持った茶碗が大人の手で持つと小さく感じるんだよ。
その父ももういないし、父母の親族も絶えてしまい、唯一残っている私共が長崎に住んでいれば行き来もあったとは思うが、もうこの代になってしまえばお互い知らない者同士になっても仕方がないだろう。。 

松田源五郎 松田源五郎の胸像、父に何となく似ているんだ。
2015_0704吉宗0006 吉宗の入口と茶碗蒸、蒸し寿司、下足番も居るよ。

COMMENT 2

佐伯修  2016, 03. 29 [Tue] 09:17

おもしろい

松田源五郎 ー 松田誠一 ー 三女、喜多子(私の母) ー 私

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エースの城  2016, 03. 29 [Tue] 10:04

To 佐伯修さん

佐伯修様 突然のコメントに驚いております。ブログにも書いた事がありますが、私の祖先田村庄左衛門藤原俊房からの系図を長崎の叔父(故人)が作りました中に、松田源五郎(敬称略)のルートも書き込んでありましたが、長男誠一氏を精一と書いてありました。この方が貴方の祖父になるのですね。そして十八銀行の三代目頭取ですね。ただ残念な事にこの系図には誠一様で途切れており、松田本家のルートしか書いてありません。ただ源五郎氏の生家鶴野家のルートは書いてあります。
色々とお話を聞かせて戴きたいのですが、この私のコメントをご覧になったら、上記のメールにご連絡戴けませんでしょうか。宜しくお願い致します。私は城谷昌介と申します。

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