仏説摩訶般若波羅蜜多心経(2)

2015年  04日 10:10
「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄、舎利子、色不異空、空不異色、色即是空、空即是色、受想行識、亦復如是舎利子、是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不滅是故空中、無色無受想行識、無眼耳鼻舌身意、無色聲香味觸法、無眼界乃至無意識界無無明亦無無明盡、乃至無老死、亦無老死盡、無苦集滅道、無智亦無得、以無所得故菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、心無奎礙、無奎礙故、無有恐怖、遠離一切顛倒夢想、究竟涅槃、三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿溽多羅三貘三菩提、故知波羅蜜多是大神咒、是大明咒、是無上咒、是無等等咒、能除一切苦、真実不虚故説般若波羅蜜多咒、即説咒日羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶、般若心経
「観音様は{人間の真実の幸せとは何か}を究める為に修行された。そして、人間と人間の思いは、全て虚妄であることに目覚められあらゆる苦しみや迷いから解き放たれて、佛になられた。わが友、シャーリプトラよ、人間にとって何が真実の幸せかを説こう。欲望の対象となるものは、全て虚妄であり、虚妄なるものの上に、欲望と言うものは構築されている。だから欲望を抱くことは空しく、空しさとは即ち、欲望を抱く事なのだ。欲望を抱くもとは、感じたり、思ったり、判断をしたり、認識をしたりする事だが、これも同じ様に空しいものである。
シャーリプトラよ、全ての存在は実体がない。だから生じたり、無くなったり、浄らかでったり、垢れていたり、減ったり、増えたりする事は何もないのだ。、この様に諸法は無我であるから、欲望の対象も、それを感じる事も、それらへの思いも、判断も認識もなく、それらを覚知する眼も耳も鼻も舌も身体も心もない。又、覚知する対象である形も声も香りも味も触れるものも心の働きさえもない。
更に眼で見て認識する働きから、心であれこれ思う事までなく、人間の愚かさや迷いもなく、愚かさや迷いが無くなる事さえない。そして老いたり死んだりする事もなく、老いたり死んだりする事から開放される事もない苦しみも、苦しみの原因も、苦しみから逃れる方法も、苦しみが無くなる事もなく、真実に目覚める事も、悟りを得る事もない。何故ならそれらは元々得る事がないからである。
苦しみも、苦しみの原因も、苦しみから逃れる方法も、苦しみが無くなる事もなく、真実に目覚める事も悟りを得る事もない。何故なら、それらは元々得る事がないからである
佛たちは真実の幸せの世界に安住しているので、心に執着がない。執着する事がないから真実の幸せを失う事の恐れがない。だから妄想に悩まされる事もなく、常に心が安らいでいるのだ。 過去、現在、未来に出現された佛たちは、真実の幸せの世界に安住されているから、完全な悟りを得た人と言えよう。
従って真実の幸せに至る手立ては、優れた佛の言葉であり、素晴らしい佛の言葉であり、最高の佛の言葉であり、比類のない佛の言葉によるのである。それはあらゆる苦しみや迷いを消滅し、真実であるから虚しさがない。
そこで真実の幸せに至る佛の言葉を示そう。その佛の言葉とは次の通りである
求め、求め続けよ、真実の幸せを。全ての人よ、共に生きよ、至福の人生を。幸いあれ
(公方俊良:訳・・・借用)   但し色分けにて分類したのは私である。誤りがあればご容赦。

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-  2015, 06. 05 [Fri] 10:48

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