人生最後の会社勤め(4)(サラリーマン生活完結編)

2015年  09日 09:34
少し前に遡って、中部鋼鈑、明徳産業とお世話になり星野産商で一緒になった宇対瀬顧問の話も少しはしておかないとね。
宇対瀬さんは星野に入って主に新事業開発に力を注いだ。色々とある中でT製鉄が田原に電気炉新工場を建てるに当たり、そのスラグ処理を星野産商で請け負う為の企画書作成検討を進めたが、従来の破砕スラグでは無く巨大な扇風機でスラグを吹き飛ばし飛んでる工程でスラグが小さな球状の細骨材になる風砕設備を提案、それによるスラグ処理を受注完成させた。全て球状の砂で流動性も良く、その特徴を活かせば今後面白い素材と思うが未だ100%活用される迄に至っていない。現在は鶴山専務が所長として構内事務所で単身頑張っている。
社長は新事業には慎重な人だが、一つの計算違いはT製鉄の製造計画が予定通りに進まず、当初の採算が机上の計算 になっている点、T製鉄の社風を余り理解していなかった事が目下今後の課題として残っているが、生産量増大等の期待を持ち鋭意努力中である。
新規事業と言えば社長の子息の提案により、産廃の広大な最終処理埋立地に太陽光発電設備を設置し順調な売電が進んでいる。計画申請契約が早かった為、現在問題になっている買取価格引下げには適用されないはずである。
平成23年12月末をもって宇対瀬顧問と私は退社した。私はその時73歳、23歳で社会人となって丸50年、営業一筋のサラリーマン生活で到頭役員には一度もなれなかったが、その事が反って会社勤めが長く出来た一番の要因であったと思うし、多くの素晴らしい人達と巡り合い今も親しく交遊が出来ている事、この全てが財産であり私の現在を含めての元気の源となっていると思う。
4月24日の(10-3)の記事の最後に、私の出世を阻んだ人達に「有難う」と言ったのはそう言う意味で本当に素直な気持だったんだよ。
現在、各会社のOB会にも出席しているし、星野産商㈱のように未だ平気で行き来をしている会社もあるが、最高の気持ちでサラリーマン生活の最後が送れたこの会社に本当の「有難う」を伝えてこの物語の締め括りとしたい。
以前社員旅行で行った北海道に又行くことがあれば一緒に行きたいなぁ。 (完)

2015_0503星野0008
社員全員の北海道旅行 2日前に足首を骨折、ギブスを付けて参加、松田部長はホテルで車椅子迄準備してくれる思いやりがあったな。
2015_0504星野0005
送別会で貰った舟形の鉢植え、有難かったけど少し重くてつぎの店まで大変だった。だけど今も家のベランダに鎮座している。

COMMENT 0