私の生涯日誌 その219

2016年  30日 05:18
兄貴達との4泊5日の旅も今日の6日で終わる。今日は中仙道の馬籠宿を散策し、熱田神宮を参拝する予定だ。馬籠と妻籠には私は何度も来ていたが、既に観光地としての馬籠は観光客も多く、恐らく昔は土の坂道であっただろう道も舗装されており、狭い道に僅かに残る店や宿が、多少昔の面影を忍ばせるだけとなっている。名が知れたものと言えば文豪島崎藤村の生家があり「夜明け前」はこの地がモデルである。
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木曽馬籠清水屋資料館前                  島崎藤村生家
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馬籠の坂道、水車もある。                馬籠宿但馬屋     焼き栗の店
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藤村生家                           藤村記念館     室内の藤村坐像前で

妻籠には寄らずに熱田神宮を参拝する。これで長かった旅を終わる。参拝の後熱田神宮の傍にある、うなぎの名店「蓬莱軒」の出店、あつた蓬莱軒で「ひつまぶし」を食べる。犬山の「うな久」の方が美味しかったように思われた。次の兄弟夫婦の旅は父の27回忌の法要となる、今度は長崎のお寺で墓参りを兼ねて法要参拝をする事を約して名古屋駅で見送った。幹事さん、湯の山行きの道路では苦労したが何事も無く終わって良かったね、ご苦労さん。さてもう次の企画に取り掛からなくては・・・。
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境内は結構広い。               左手で古式ゆかしい結婚式が行われていた。
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                    夫婦二人づつの記念写真 背景が熱田神宮本殿
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あつた蓬莱軒                            名古屋駅見送り

写真は小さくて見えにくいけれど兄弟にとっては忘れ難い旅の一コマ、今でもその情景がありありと思い浮かぶんだ。夫々タンスの肥やしになり兼ねない写真を陽に当てるのも大切だと思ったんだ。

私の生涯日誌 その218

2016年  29日 09:45
安土城散策から三重県湯の山のホテルに向かうルートに支障が起きた。当初八日市を通って鈴鹿山脈の御在所岳を抜けて湯の山に至る唯一のルートの御在所岳のトンネルが近くまで行って通行止めになっているのを知り大慌て。さてどこをどう行ったら良いのか方向音痴の私にはサッパリ判らない。

ETCに目的地を入れると、通行止めの道を案内する。通る人も車も無い。少しづつ陽は傾いてくるしこんな所で野宿なんか出来ないと、立て看板を頼りに戻る事にした。新名神高速道路に入った時は本当にほっとしたんだ。乗ってる皆は何とかなるだろうと思っていただろうが、夕暮れと時間との競争で本心ヒヤヒヤだったんだ。

ホテルの「オテル・ド・マロニエ」は前にも次男家族と来たホテル、翌日は再度ゴルフの兄弟決戦を近くの三重CCでやるのでその近くのホテルにしたんだ。流石にこの日はカラオケは無し。
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5日、我々4人はゴルフだが残った2人はどうするか、幹事さんはちゃんと企画してるんだねぇ。最初はホテルに近いロープウェイ乗り場から紅葉の美しい御在所岳の観光、登る前に近くの何かの見学を計画してた様に思ったが忘れた。御在所を下りてからは電車に乗って「なばなの里」の観光と至れり尽くせり。ゴルフの帰りの予想時間を伝え、なばなの里に迎えに行って合流。一宮のホテルに戻って前回にも行った小さな中華料理店「民」で夕食を食べながら今日の報告の花をさかせたんだ。お疲れさん。
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そうだゴルフの写真も無いが、観光の二人にカメラを貸したのでこちらの写真は無い。楽しかったゴルフの結果は長兄:111、次兄:83、兄嫁:114、小生94、兄嫁を除き当然レギュラーティからプレイ。確か長兄が1番 スタートのティショットを右にOBしたのではなかったかな。 

私の生涯日誌 その217

2016年  28日 08:11
復元で見る天守閣は見事なもので、当時の信長の権勢が伺われる。館内の展示物に信長の一般的に知られている写真があり、どことなく長兄に似た所がある。面白い写真もあって当時の朝餉、夕餉の膳が載せてあったが、恐らくこれは毎日の献立では無く特別な饗応の膳ではないだろうか。
18回忌E 18回忌F
18回忌G 18回忌K 18回忌L 18回忌I
今日は献立の中身を明記してみたい。恐らく特別この様な研究をしている人しか知らないだろうと思うので、当時の食事がどんなものか知るのも興味があるだろう。下記の食事は「十六日の御あさめし膳」と「十六日之夕膳」とある。十六夜の特別膳であると思われる。十五日の膳もあったが内容的に十六日の方が多かった。
膳3 膳4
あさめし膳の内訳上部左より「三膳」:ひまひぎ、雁の汁、もりあわせ、すきかかり、とさかのり 「本膳」:うちまる、鱒の焼き物、汁、鮒のなます、うど、このわた、御飯 「二膳」:ひばり、かれい、たいの汁、干鱈の削り物、麸の小串、いか、冷や汁 下部左より「与膳」:大鱧、つべた、山の芋ひしお煎りあまのり色々、そぼろ、すずき、?酢、かけいり、ミル貝 「御菓子」:薄皮まんじゅう、山の芋、美濃柿、琵琶、麸揚げ

夕膳の内訳上部左より「与膳」:数の子、百菊焼き、青鷺汁、瓜もみ 「三膳」:山椒鱧、たけのこ・白鳥、えびの舟盛、のしもみ、鯉汁 「本膳」:しほひき、かりの豆、焼き物、あへまぜ、御飯(湯漬け)、香の物、ふくめたい、蒲鉾 「二膳」:からすみ、たこ、さざえ3つ、あつめ汁、小串、あえくらげ 下部左より「おそんさかな(お添え肴)」:橘焼き、角煮、たいのあつ物、つぼもり 「御てんちん(御点心)」:むしむぎ、しょうが、あんにん、さんしょう、かたのり、こたうふ、しいたけ 「五膳」:鴨のはもり、鯨汁・うど、ばい貝 「御菓子」:羊羹、うち栗、栗やくるみ、揚げ物、花に昆布、おこし米、のし

と誠に多種多様、一人にこれだけの膳がくるのだろうから恐らく一品の量は僅かなのではないだろうか。全く聞いた事もない食べ物も出てきているがどのような物か皆目判らない。お分かりの方が居たら教えて戴きたい。

私の生涯日誌 その216

2016年  27日 08:05
[たわらや]には前に述べた様にカラオケが無く、持参した携帯カラオケセットが威力を発揮し退屈せずに済んだ。翌日の永平寺の法要も慣れたもの前回同様大勢のお坊さんの読経の中で滞りなく母の17回忌の法要は終了した。これからの予定は安土城に登ってそのまま三重県湯の山の宿「オテル・ド・マロニエ」に入るルートである。安土城はご存知織田信長の最後の居城、明智光秀の謀反により城はは焼却されてしまい、今はその絢爛豪華だった天守部分が復元され地上の信長館で間近に見る事が出来る。
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「たわらや」広間で記念撮影して食事。
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部屋に戻ってのカラオケ三昧、珍しく次兄も歌いましたね。

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永平寺での母の17回忌法要無事終了。
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安土城の登り口横の館跡    殴り込みじゃ無いよ、背景に見える石段が安土城の登り口。かなり急な石段で杖の準備。これから登る石段の左右には秀吉屋敷跡、柴田勝家屋敷跡、前田利家屋敷跡、森蘭丸屋敷跡等名の知れた武将たちの屋敷跡があったが全て敷地のみ。こんな所から城まで良く登ったものだと思われる石段、直線では無く曲がりくねっている、さぞかし大変だったと思う。それよりお城の登り口の前は畑ばかり、楽市楽座等町作りも行われたと聞いていたが、そのような気配も見えず虫の声と言いたくなる様な田舎の景色、昔はどんな賑わいだったのか想像もつかないと言うのが本音だった。
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この様な石段ばかり、途中石垣はあったが目を引くような石垣でも無かった。途中の裏手にお寺のような朽ちた建物があり、仁王様のいる門の前で撮影。寺の名前も由緒も解らず。

私の生涯日誌 その215

2016年  26日 09:57
兄弟夫婦での法要旅行で、名古屋駅で食事をしたのがH18年の母の13回忌の時だったと書いたら次兄から違うぞと連絡が入り、平成22年の母の17回忌の法要旅行の時で兄達4人が東京から着いた時、名古屋駅地下の「山本屋」で昼食の味噌煮込みを食べたんだと教えられた。何しろ日記に基づいてだから間違い無い。

その日11月2日はそのまま名古屋城、徳川園と観光で過ごし、夜は「円寿」で焼肉を食べた後ホテルに帰る間際に急遽カラオケに決まり、タクシーを呼んでいたのに50m先の「シダックス」で降りて、悪いのからと2台のタクシーに千円づつ払ったたんだ。カラオケは楽しかったがこの店は料金が高くて2時間で9,500円位払ったかな、今自分達が行ってる店は2人で3時間でジュース飲み放題で1,200円なんだ。それ以来シダックスには2度と行っていない。
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話が横に飛んだが兄貴達夫婦はその日は一宮のホテルで宿泊、翌日3日は彦根城から長浜城、最後は朝倉氏の一乗谷観光と全て私の計画通りに進んだ、年寄りの観光はこんな所が一番いいんだ。朝倉氏の遺跡では、足利将軍の事、明智光秀の事と色々と思い出されたが、何ら建家のない更地を見ても想像が出来難いし、武家屋敷跡も余り広いとも思われず、この地で最大の勢力を誇っていたにしては何か物足らなさを感じたものだった。周囲を山に囲まれ景観の良い静かな場所ではあるが所詮は井の中の蛙であったのだと言う事が良く理解出来た。

義景の墓所も、例え戦に破れたにしても、各地の大名の墓所に比して寂しいもので栄華を誇っていただけに哀れに感じたんだ。ただ天気も最高で天気男の私がいる限り雨に降られる事はないだろう。今日の泊まりは昨年の父の23回忌の時と同じ山中温泉の「たわらや」である。今回も全員元気で楽しい旅になりそうだ。
   名古屋城                        徳川園
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名古屋城の金の鯱、縁起が良いので追加、本物は空襲で焼け落ちたが金を集めて茶釜と鯱のレプリカを作り残している。
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名古屋城                       彦根城       長浜城
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背景朝倉家武家屋敷跡  武家屋敷前通り   一乗朝倉氏遺跡      朝倉義景墓所
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背景の広場が館跡   館入口       一乗朝倉氏遺跡  広場だけで何も無いと言う印象
*写真は全て写真を再度デジカメで写す作業で行っており、写し方に依っては体型がおかしかったりボケているのはご勘弁を。

休日の幕間記事 NO31

2016年  25日 09:22
遅れた話になったがリオのパラリンピックは18日に閉会式を無事に迎えた。オリンピック本体でもパラリンピックでも当初不安視されたジカ熱の被害も無く、屋外の試合のゴルフを敬遠した選手が多かったが、これはこれで正しい判断だったと思う。今回何も起こらなかったのは幸いな事で、万一の場合は一生を棒に振る事になる。君子危うきに近寄らずで私は良かったと思っている。

全ての競技の結果は報道された通りで日本は金が一つも取れずメタルは合計24個、トップは中国の金107個を含む合計239個でダントツである。障害者競技は国としての貧富の差が結果に現れているのではないかと私は思っている。中国は経済大国と自称しながら、その実、貧富の差も激しく、貧しい障害者は生き抜く為に日常自ら体を鍛えて行く必要があるのではないだろうか。

中国の障害者はスポーツの為に鍛えてきたのでは無く、生きる為に鍛えて来たものがベースにあるから強いのではないだろうか。現にアメリカはパラリンピックではメタル獲得数4位である。やはり恵まれた国では障害者に対しての国の対策が充実しているから、肉体的にも精神的にも強くなれない所があると私は思っている。いや~これは負け惜しみだな、それにしても日本はもう少し頑張らなくては・・障害である事に甘え過ぎてはいけないよ。

今一つ走り幅飛びは踏み切る足を義足側にしてはいけないと決めたらどうだろうか。義足の研究開発は今後更に伸びて来るだろうし、とんでもない弾力のある金属が出来るかもしれない。確かに義足はそれを使いこなす為に本人が大変な努力をしている事は判る。ただそれを使いこなすだけでは無く、その器具の能力UPや材質に依って良い結果がでるのであれば、何か本来の競技に対する考え方に反するのではないだろうか。

障害者の競技はあくまで障害者同士で争われるべきであり、健全者と記録を比較するものではない、しかも使用する器具は全て統一される様な基準を作るべきである。短距離競争に於いて両足に器具を装着した方が、使いこなしさえすればバランス的にも反発力に於いても、有利である事は結果として現れている。

確かに全く同じ障害者で分ける事になれば大変な競技数になるだろうからある程度の括りが必要となるだろうが、装着器具によって有利、不利が出るような競技には、ある程度の条件を今後考えていく必要があるのではないだろうか。健全な競技者はあくまで体力とそれに合わせた鍛錬、努力の結果が勝敗の全てである。障害者はそれ以上の努力が必要である事は十分に理解しているが、それだけにパラリンピックは装着する器具・使用する補助具によって有利、不利が生じないようにする事が、公正を期す競技には最も大切であり必要な事であると思うがどんなもんじゃろのう。

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私の生涯日誌 その214

2016年  24日 09:00
折角九州迄来たのだからともう一泊し3人で門司港に行く事にした。門司港駅はレトロな感じ昔の様にバナナの叩き売りが現れそうな雰囲気の中にこれまたレトロな車が何台か展示してあった。駅の近くの鉄道車輌展示館を見学、蒸気機関車を始め古い客車が沢山線路上に展示してあり、電車好きの孫が見たら喜ぶだろうと沢山写真を撮ったはずなのにファイルに殆ど無い。恐らく孫にあげてしまったのだと思う。

その後和布刈の展望台に登ると関門海峡から下関側の赤間神宮まで一望出来た。展望台の山側には壇ノ浦の海戦の模様が大きな掲示板一面に描かれていた。山を降りて関門トンネルの人道を通り、下関の魚市場で食べた握り寿司の味は流石新鮮な九州の味と大満足。
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展示館蒸気機関車                     下関赤間神宮(ビル直ぐ左)
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関門大橋の下が関門海峡、昔の壇ノ浦古戦場

10月25日山大経済10期の同期会が広島安芸の宮島で開催されるに当たり、一日早く広島に行き池本君、田原君と一献交わしたんだ。着いて直ぐに、生憎の雨だったが岩国の錦帯橋を渡りこの地を支配した吉川家の墓所を見学した。その日は池本君宅に世話になりおまけに酒も土産に貰って翌日の同期会に一緒に参加した。
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池本君と錦帯橋         田原君と2代藩主吉川広正と正室高玄院の墓

昼の間に安芸の宮島参詣し周辺を散策し夜の宴会となる。実は私はそれ迄一度も同期会に出席した事が無くこの会が始めてであったが、やはり懐かしくこれ以降全て出席したし、同時に一宮在の土井君とも親しくなり石井君、大阪の阿武君を混じえての名古屋での飲み会も始まった。
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前列右kら4人目                     前列左から4人目
翌日は廿日市市の鷹の巣GCで有志によるゴルフに参加、有田・井原・徳久とプレーしたが49・46の95だった。この年はえらく行事が多いがちゃんと仕事もしていたのだろな。
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これは歌を歌っているのではない。長年の無沙汰をお詫びしてるんだ。 「まあまあそう言わずに!私は君達みたいに暇じゃないんだ・・・」。

私の生涯日誌 その213

2016年  23日 09:20
8月10日に六日会で飲んで歌ったスナックはどこだったかな。この年に六日会で確か奈良井宿の散策にも行ったよな。毎度言うようだが写真には日付を、整理する時にはメモを書く事が必要だ。いつも後になって思うんだ。
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この月17日より長男家族、娘家族と昼神温泉で一泊、この頃孫の佳奈は来ないな、恋人でも出来たか。9月には妻の誕生日と孫美穂の小学校最期の運動会、この日は嫁の両親も応援に来てくれた。

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2016_0922入丸八幡0019 2016_0922入丸八幡0020 2016_0922入丸八幡0021 運動会3
運動会4 小6運動会 運動会1 運動会2

10月15日の2年置き中学クラス会に合わせ八幡在住の妻の兄夫婦を訪ねた、妻の姉も同行。15日当日は北九州かんぽの宿でのクラス会、先生お二方も元気元気、私と恵美子の司会も板に付いたもの、ただし最初に2年前に亡くなった村田君、今年の5月に亡くなった、私と市長賞を争った藤君の冥福を祈った後はもう無礼講。

何故か写真が一枚も無いがカラオケのデュエットの競演もあり、恵美子と憲二は「今夜は離さない」、大庭の康はA先生と「いい日旅立ち」、寿子と坂村信は「白いブランコ」、後は何を歌ったのか解らん奴もいたな、何故かこの半プロには声が掛からなかった。最後はオケを叩いての香坂君と一連の悪童の八木節は圧巻だったねぇ。恐らく先生方も大満足されたと思うよ。

翌日のミニ旅行は、松本清張記念館を一巡した後小倉城で遊んだが、家内は姉さんと昨年亡くなった姉さんのご主人の墓参りに行橋に行き、このミニ旅行は欠席した。

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私の生涯日誌 その212

2016年  22日 09:20
5月は例年の私の誕生日、1年経つのは早いものだ、もう72歳。6月末に花菱会OB会メンバー有志で花の木GCでプレイ。スコアは小生96、荒川108、横山99、寺儀111。ゴルフは写真を写す事が少ないので、撮した時の分を記事に載せるが、平成22年度は28回のプレイで平均97.4(全てレギュラーティ)ベストスコアは養老CCでの90でワーストは森林西コースの103だ。
7月には大先輩の長崎金平師匠が来名、名古屋には親戚が居られるとの事で久し振りに声をかけて戴いた。大野、久保田、小生の4人で懐かしい話に花を咲かせた。
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プレゼントは室内パター練習マット未だ頑張るぞ。  フォロースルーの方は酷いので止めた。
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横山、荒川、私、寺儀。  歳を召されても上品な金平師匠、大野君大先輩の前で姿勢悪いぞ
                      
7月24日に福岡春日井市の山崎君が一泊泊りで遊びに来てくれた。名古屋は始めてとの事。取り敢えずこの日は私の長男家族、次男家族と東京から呼び寄せた山崎君の息子康平君を混じえての会食、翌日は長男家族と岐阜城に登って一日を過ごした。考えてみるとこの地域の観光は名古屋城、岐阜城、犬山城とお城しか無いな。                                2016_0921入丸八幡0017 2016_0921入丸八幡0022
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私の生涯日誌 その211

2016年  21日 09:00
平成22年になった。今後年度変わりには、その年の主な出来事を書く事で読者の認識を新たにするのも良いかなと思いついた。全部書けないので私の独断で抜粋した。

この年の政権は民主党:日航会社更生法適用申請1月、藤田まこと死去2月、探査機はやぶさ7年振り帰還、鳩山首相辞任後任は管6月、琴光喜野球賭博関与で解雇7月、高校野球沖縄興南高校春夏連覇8月、武富士会社更生法適用申請9月、煙草増税値上げ、プロ野球日本シリーズロッテ制覇、鈴木章・根岸英一ノーベル化学賞受賞決定10月、東北新幹線新青森迄全線開通12月。

平成22年も新年から始めよう。今年は娘家族が来れず長男、次男家族で新年を祝う。娘は孫知奈と一緒に3月に我が家に来たので石刀神社と国府宮にはお参りを済ませた。
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娘、妻、孫美穂、孫知奈、孫尚宏

3月にはチューリップが満開と言う事で妻の姉と3人で「なばなの里」に行った。なばなの里には季節季節の花以外に年中ベゴニアや種々の花が咲き誇るベゴニアガーデンがあり、この里に入ると楽しみは尽きない。
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4月末にも妻のお姉さんと3人で静岡の芝桜見学バスツアーに出かけた。芝桜は想像してた程咲き誇ってはいなかったが、車窓から見た富士山を背景に鯉のぼりが翻っている風景は素晴らしかったね。
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