私の生涯日誌 その62

2016年  29日 08:33
坂田氏のトラブルの話から始めるか。坂田氏が某ゼネコンの公共工事に鋼矢板だったかH鋼だったかを販売したが、納めた製品にかなり酷いサビが出ていたようで、当社を素通りしてメーカーの八幡製鐵に直接  「ミルシート(鋼材成績表)も貰っているがこんな製品を売っているのか」 とのクレームを申し立てた。

製鐵側が調査したら、その現場には製品も納めていないし、当然ミルシートも発行していない。実際は坂田氏がどこかの在庫品を納めた上でミルシート迄偽造していたんだ。結局この話は我社の本社社長にまで話が上がり、八幡製鐵に対し社長が侘びを入れて決着したが、社内的には色々とお咎めがあり、坂田氏はその後自主的に退職したのが実情だ。

彼は自分の懐を肥やす為ではなく、会社に利益をもたらす為の行為ではあったが、重要なメーカーの製品に対する偽造工作はやはり大きな問題となった訳である。

急遽東京から私の一年先輩である増田氏が着任した。営業担当として、所長の指示で私に替えて佐賀の特約店を担当させた結果、私が担当していた時より利益が上がってね、「やっぱり増田君に変えて良かった」と露骨な喜びよう。何言ってやがると面白くなかったが、半年も経つと殆どの特約店との取引が無くなってしまった。

利益優先で高い物ばかりばかり売りつけるから相手は止めちゃうわなぁ。結局私が後始末させられて、彼は営業には向かないと経理総務の仕事へ、前任の金井君は本社へ栄転。待てよこんなのを栄転と言えるのか、単なる心太じゃん気の毒に。

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竹中、増田、岩本、吉田所長、小生 仕事中の顔は真剣そのものだね。

休日の幕間記事

2016年  28日 09:30
〇2月7日の幕間記事でぼやいた「シャープ」が結局台湾の鴻海精密工業に身売りをする方針を出した。25日の臨時取締役会で全員一致で決めたそうだが、高橋社長以下役員は言わば売国奴であると言われても仕方無いだろう。シャープは個人企業であるから他人からとやかく言われる筋合いはないと言われればその通りである。だがシャープの技術や創設者の早川徳次氏から綿々と受け継がれて来たブランド名が外国企業、ましてや中国寄りの台湾企業に買収されてしまうとは誠に嘆かわしい。

国としてこの技術を惜しみ、政府系ファンドの産業革新機構が手を差し伸べ資金調達までしようとしているのに、鴻海を選んだのは未だ表に出ていない潜在的な債務リストの3500億を、産業革新機構では対処出来ないと考えたのだろうが、相手は中国人、出資反古の2012年の二の舞になる可能性もあるし、別債務を楯に有利な条件を提示して来ると思うね。主要取引銀行は確実に債権が戻れば良いのだからシャープがどうなろうと知った事ではないだろうよ。残念だね

民主党と維新の党が手を結び新しい党名になる可能性がある。維新の党員は昔民主に居た連中も多く、主義主張の違いで脱会したのだと思うが、そんな事はもう関係ないのかねぇ、節操も何も無いねぇ。維新の党とすれば今が売り時、恐らく橋下君の居ない維新の党単独では今度の選挙で惨敗するだろうし、未だ数の残っている今、民主党の弱みに付け込んで耳の大きな悪魔くんが上手に売り込んだと思うよ。自分も党首になれるかもしれないし、民主党に未練があったんだ。だが岡田君も見る目が無いねぇ。本当は民主党は若手が新たな党を作って刷新して行く以外に手は無かったんだけれどね。残念だね

〇昨夜定例のカラオケ藤に行って歌ったよ。又一人だった。曲目は「高原の旅愁、緑の地平線、かえり船、裏町人生、愛の終着駅、あざみの歌、琵琶湖哀歌、七里ヶ浜哀歌、二人の世界、星影のワルツ、旅人よ、そっとおやすみ、すきま風、知りすぎたのね、霧にむせぶ夜、誰もいない海、今日でお別れ、カスマプゲ、中之島ブルース、夜の銀狐、もう一度一から出直します。昔の名前で出ています、琵琶の実のなる頃、芭蕉布」の24曲。ジャンルは広いが相変わらず古い歌ばかりだねぇ。残念だね

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今年の梅は駄目だったねぇ。   3月3日は雛祭り、老夫婦でも華やかにね。

私の生涯日誌 その61

2016年  27日 08:38
佐賀は吉野商店佐賀金属内堀○○商店松尾建設が営業先、仕入先は西九州製鋼だ。前記3社は鋼材特約店で松尾建設は本社が佐賀にある中堅ゼネコンだ。特約店では吉野商店との定期的な紐付き取引が多かった。日帰りの会社回りが多く、得意とする夜の部で力を発揮出来なかったな。

松尾建設には佐賀に建設の明治生命保険会社のビル向けの鉄筋を納めたのを皮切りに、現場所長にも好まれて結構契約も貰ったが保険にも入らされてしまったなぁ。所長は麻雀好きで気持ちの良い麻雀をしたのも楽しかった。

違う現場の所長を接待した時に、吉野商店の社長の息子の恭輔君に教えて貰ったカウンターの飲み屋で気持ちよく飲んでいたけれど、その所長がママさんに何か変な話をしたんだと思うよ、急にカウンター越しにパチ~ンとほっぺたを叩かれてね、結構本気で叩いたからこりゃァまずいぞと思っていたら、そのまま何事も無く推移、所長もヘラヘラしているし参ってしまった。博多でこんな事があったら只では済まないと思ったが、佐賀は女性が強いのかな、気をつけよう。

又福岡に戻るが市内の特約店では西部日本鋼材を良く訪ねた。大江社長はずんぐりした髪の毛の薄い人で、仕事が終わると会社のテーブルで花札がご開帳となって社長自らが猪鹿蝶と大声で騒ぎ立てる。色んな会社の営業マンがタムロしていたのも社長の人柄によるのかもしれない。森さんと言う番頭さんがしっかりしていたし東島君と言う営業マンも頑張っていた。

一昨年九州に行った時に、この東島君と45年振りに飲んで歌ったが直ぐに昔に戻るのが良いねえ。彼は近いのに家に帰らず一緒にホテルに泊まり、翌朝駅で見送ってくれた。

営業所でもある事件をきっかけに坂田氏が退職し、代わりに私の一年先輩の増田氏が赴任して来た。その話は月曜日にしよう。

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営業所での家族旅行 後列:岩本、池田、和田、?、竹中、小生 前列:所長夫人、吉田所長、金井

私の生涯日誌 その60

2016年  26日 11:14
福岡営業所で私は条鋼(丸棒、形鋼)の担当となる。テリトリーは博多市内の一部特約店、北九州の関係先、佐賀、熊本、鹿児島の特約店となる。条鋼と言っても主として丸棒を扱う事が多く、仕入れメーカーは異型丸棒の東海鋼業(北九州)普通ベース丸棒の大丸製鋼(北九州)西九州製鋼(佐賀県)であったが東海鋼業と西九州製鋼がメインであった。

北九州は八幡の鋼材屋、八幡支店時代に営業に回った戸畑の壱岐尾鉄工の社長に紹介された瑞穂物産と言う会社、丸棒を中心に取引が始まった。ここの会社との取引は結構長く続き、今から書いて行く出来事等は数年に亘った中の出来事と解釈して欲しい。

福田社長は温厚な人当たりの良い人で、取引関係にはHK興産と言う多少ブローカー的な会社があったが、ここの西田社長の兄貴さんは東京で会社を経営し、昔ボクサーで藤猛と言うスーパーライト級の世界チャンピオンが居た(日系3世、片言でのヤマトダマシイ、オカヤマノオバアチャンが有名)がこの藤猛の後援会長をやっていた。八幡製鐵から上手に鋼材を2級品にして仕入れていたようだ。

福田社長はこのHK興産から鋼材を仕入れて結構旨みのある商売を続けていた。当社からの丸棒は小規模の土建、建築会社に月に300t位のペースで取引をしていたかな。

福田社長、壱岐尾社長、西田社長、ブローカーの吉田氏の中で時々麻雀もやったし、飲みにも行ったし、瑞穂物産の社員旅行にもついて行った事もあったし、釣りの好きな前記の人達と五島列島まで石鯛を釣りに行った事もある。

始めて行った石鯛釣りでは4人で行って私だけが釣れたんだ。釣り上げた瞬間は紫色だよ。そして釣り上げて直ぐ石に触れた所だけが白く変色するのを始めて知った。ただこれ一匹だけでは餌のサザエ代(網袋一杯)の方が高くついたものだった。

社長の妹の旦那もこの会社に勤めていて、彼とはボウリングの全盛期時代に良く行ったものだ。私の最高スコアは238点、マイボール、マイシューズも揃えて結構ハマっていた。

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瑞穂物産での仕事振り。         五島列島での石鯛釣り。
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ウェスト72cm 夏でも腹巻。 瑞穂の3悪人 阿蘇で、 こんな時代もあったねと。

私の生涯日誌 その59

2016年  25日 10:16
福岡営業所は八幡支店管轄では無く本社管轄の営業所だった。従ってそれ以降八幡支店の情報は殆ど流れて来なかった。呉服町の事務所は博多駅から、当時は未だ走っていた路面電車で2駅ですぐの所にあった。呉服町の大きな四つ角の一角に大丸デパートがあり、営業所の前の電車道を歩いても、一本中に入った川端商店街を抜けても直ぐに夜の繁華街東中洲に至る。

中洲に面した那珂川を境に手前側即ちJRの博多駅がある方が商人の町博多、橋を渡った天神町側が武士の町福岡となる。天神は岩田屋デパートや商業ビルの立ち並ぶ商業の中心であり、久留米方面に走る西鉄電車の始発駅、即ち福岡駅がある。天神から浜に向かって電車通りを少し歩くと福岡城址があり、その一帯は大きな大濠公園や平和台競技場もあり、周辺は外交官屋敷が立ち並ぶ閑静な住宅街になる。

地図を頭に描いて戴いてもお分かりの様に、我が事務所は日本でも有数の夜の歓楽街東中洲が、歩いても直ぐの所にあり、八幡支店の支店長は私の鎖を解き放って最高の居場所を提供してくれた、即ち虎を野に放ったのである。

待て待て、私は博多に遊びに来た訳ではないぞ、まずは仕事に専念しなければならない・・・とは言うものの八幡支店時代の記事を書く時の筆の重さに比べたら何とも軽快に、頭の中はあれを書こうかこれを書こうかと出来事が渦巻いている。

吉田所長は笹島に奥さんと息子さんの3人暮らし、岩本氏は5歳年上で既婚、六本松の近くの梅光園団地に住んでいる。坂田氏は3歳年上、未だ独身で結構自由奔放に生きている感じ、後の話になるが彼が悪い病気を貰って治療中の時があって、彼と麻雀をする時にトイレに行く場合は、後では無くてトイレに入る前に手を洗わないと危険だと言う逸話もあった。

金井君は経理担当、高卒で2歳位下じゃなかったかな、少し小太りで頭の髪はリーゼントバッチリ決めており、岩本氏と同じ梅光園の独身棟に住んでいた。竹中君はどこに住んでたかな、ひょろっとせの高い、真剣に話す時の顔は目をグリグリさせて口を尖らせて喋っていた。当時特約店の事務員で将来結婚する女性と付き合っていたのだった。

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追い山で有名な櫛田神社。川端壽通り。ここの雀荘には良く行った。
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東中洲繁華街を展望     懐かしい中洲警部交番、世話にはなってないからね。

私の生涯日誌 その58

2016年  24日 09:10
昭和41年には長女が誕生した。この日は釣りには行っていない。この子も小石の産院で生まれた。八幡支店は七条から中央町の事務所に移転した。寮生であった大内氏、松本氏、桜井氏、根津君は相前後して転勤となり八幡を出て行った。店内では佐々木氏と松藤君の二人が女子社員との結婚を決めた。

私の仕事は機械の販売に変わりは無かったが、八幡製鉄への納入の鉄鉱石の確認で洞海湾に入港した外国船に中野課長と一緒に立会をした事がある。船長と課長との会話を聞いていたが、双方ともブロークンな英語でやり取りしており、良く話が通じるものだと思ったが私は会話に参加する勇気も無く、結局英会話に文法は反って邪魔になり、度胸さえあればいいんだと変な所で納得したものだった。

私は昭和42年に福岡営業所に転勤になった。大人しい支店長には、私の機械営業のやり方にいつも肝を冷やされていたのではないかな。私事ながら鼻の下に髭を伸ばそうとしていたら、ある日呼ばれて「髭剃りを持って来てるけど使いますか」な~んて遠まわしに剃れと言ってるんだ。こんな調子だから恐らく早く追い出したかったんじゃないかな。確かもうすぐ定年だったと思うから、平穏無事に卒業を迎える為には私は危険な男に見えたのだと思うよ。

その時の福岡営業所は安東氏が引退し吉田聡氏が所長になっていた。所員は岩本先輩、坂田先輩、金井君、竹中君に女子事務員2人、事務所は呉服町の第一勧銀ビルの狭い一室にあった。私は若松の自宅から電車通勤をする事に決めた。北九州に比べたら博多は都会や、きっと色々と楽しい事もあるやろう。

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根津君送別阿蘇にドライブ、バスは よその団体。
根津、八尋、小生、三島運転手。写真は セピア色だね。
中央町の新事務所前。すぐ転勤だったので事務所の中に余り記憶が無い。桐田、支店長、石田副支店長、小生、中野課長
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小生の福岡転勤送別会。大貝、?、中野課長 長女と長男 若松のお祭り日

私の生涯日誌 その57

2016年  23日 08:09
昭和39年、我が家では長男の誕生だ、。予定日より2週間位早い7月5日に生まれたんだが、未だまだと思っていたので私は前日の4日に釣りに行ってたんだ。

その日は本当に釣れなくてね、がっくりして家に帰ったら父から「早苗さんが急に産気づいて小石の産婆さんに入院した」と伝えられた。そうだったんだ、神様が殺生を禁じたんだと本当に思ったね。急いで駆けつけたけれど未だ気配が無く、生まれたのは5日月曜日の明け方だった。

仕事は相変わらずで、一度工場を見ておいた方が良いとの話しから富山の般若鉄工所に行った事がある。どんな工場だったかの記憶は曖昧だが夜は会社側の接待を受けた。
芸者も来ていてどんな話しからか芸者の住んでいる所まで、海岸の砂浜を歩いて行った記憶がある。風が吹いて寒い日だった。悪い事に風邪を引いていて悪寒がしだしてね。これは拙いと直ぐに宿に戻ったんだ、だけどこんな話ししか覚えていないと言うのもどうかと思うね。

七条の電亭の一つ中央町寄りに荒生田と言う電亭があって、降りたら直ぐの登り道の角にラーメン屋があった。その道を暫く登って行くと名前は忘れたけれど小さなクラブがあって5人位女の子が居た。
そこにはキャリアカーを作っているメーカーF自動車の営業マンと良く飲みに行ってドンちゃん騒ぎをしていたが「あの方お宅の支店長さんじゃない」と奥の席を示すので薄暗い中で良く見たら正に当社支店長「良く来るの」「ええ時々」「隣の子は」「店の子だけどいつもご指名」
これだけ騒いでるんだから向こうも気付いているはず、気前良くビール位差し入れてくれたらいいのにと思ったが小せえな。ただこちらは未だ入社3年目逆に拙かったかもな。

世の中不景気の風が吹き始めて、昭和40年専業としては老舗の木下産商が営業権を三井物産に譲り渡した。ただ未だ新入社員の気質が抜けていない自分は、差ほど景気に敏感では無く余り気にしてなかったのも事実である。

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社内旅行、支店長を後ろに立たせて。
大人しい人だった。
十日会の野球は結構盛んだった。大谷球場。私は左の後ろ中腰。
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長男初歩き。               私に似て良い男だった。

私の生涯日誌 その56

2016年  22日 09:14
辛い仕事で思い出すのはやはり雨が降っている中、戸畑の工場地帯を飛び込みで般若の旋盤や小松製作所のフォークリフトをPR・販売に回っていた事だ。会社を出る前に、訪問する地域の会社の内容を調べてから歩いて回る。
車の免許は持ってなかったので傘をさして歩くのだが、初めての会社に入る瞬間が一番度胸がいるんだよな。アポイントなんか取れないから全て飛び込みだ、入ってしまえば後は担当者に会える事への努力をすればいいんだ。

小いさな鉄工所に旋盤を1台割賦販売で納めていた時、手形決済が終わる前に倒産してしまった。月末に不渡りが判り急いで会社を訪問したが、所有権が我が社にある旋盤は既に工場に無い。社長と交渉しても埒があかず、仕方なく公正証書に基づいて社長宅の家具一切の差押えの手続きを取ったが、執行吏が差押えする時は立ち会わないといけないんだ。奥さんには泣き喚かれるし、それより中学生位の男の子が黙って机に座っていた後ろ姿を見た時は辛くて、本当に心が痛んだね。

一度はブルドーザーを大分中津にある土建屋に、やはり割賦販売で収めたが不渡りを出されてね、朝駆けで事務所兼社長宅を訪問し、支払いを続けて貰う様に頼んでも「今、金が無いんだ仕方ないだろ、もう少し待てよ」と言うばかり。
会社と言っても怖いお兄さんがごろごろ出入りしている所、私の会社では支店長が「支払いは待てない、支払いが無ければブルを引き上げて来なさい」との指示。
トレーラーを引き連れて3日位朝駆けしてやっと社長の了解を得、トレーラーに積み込もうとしたら「きさんらなんばしよっとか」と怖いお兄さん達に取り囲まれ、社長の所に確認して貰ってやっと開放されたが、トレーラーの運転手はビビってしまってたなぁ

これは何時だったか、不渡りと聞いた途端にトラックを手配して、作業員3人程相手の工場に乗り込ませて、何でもいいから工場にある鋼材を持って帰って来いと、荒っぽい指示を出して引き取って来た事もあった。専業商社なんて商社とは名ばかり、大手と違って少々際どい事でも何でもやらないと生き残れなかったんだ。だけどお陰様で人間的には強くなって行ったよ。

早苗は会社を昭和38年末で退社、二人は両親の家に一緒に住んでいた。

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実家の庭で。もう若奥様って感じだね。

休日の幕間記事・国民の叫び

2016年  21日 09:42
最近は特に国会議員の不祥事と言うか、国民の代表であり国民の血税を貰いながら問題を起こす議員が増えて来ている。要するに議員レベルの低下であり、立候補を認める側の選別能力の問題であり、その地域の選挙民の判断能力、選択基準にも問題があると思われる。

最近の問題議員は世襲の小渕議員に始まり、本会議中に欠席して男性秘書との愛欲旅行を行い、有権者にフェロモンたっぷりの自分のエロ写真本を売りつけ、辞職もせず離党しただけでのうのうと血税を懐にし続ける上西小百合議員、先日辞職したが妻の出産中に平気でタレントと浮気をしていた宮崎謙介元議員、少年売春疑惑や未公開株での金銭トラブルを起こし離党しただけの武藤貴也議員、中川郁子議員との路上キス写真を撮られ不倫疑惑中の門博文議員、歯舞と言う読み方も知らない島尻北方担当大臣、オバマ大統領に対する人種差別的発言をして最初は悪いとの判断も出来なかった丸山和也議員と、数え上げたらキリが無い程、常識外れの無能議員が多い。

最近世襲議員が多く問題もある中、新しく出来た公募制度悪用して推薦を受け当選した者も多いが、スタイルとか顔立ちとかの見映えの良い者を選ぶ側にも問題があれば、それにまんまと騙されて中身なんか意識もしないで当選させてしまう、その地域の選挙民も問題なんだぞ。

私は以前から主張しているが、国会議員の数が多すぎるんだ。何の仕事をしているのか判らないような連中が年間一人当たり約3000万円もの我々の血税を懐にし、今は予算が足らなくなったら増税して賄おうとする。議員を半分にしても真剣に働く人達が居れば十分に回っていくし、不要な議員の報酬分で予算は十分に賄えるはずだ。

国民に対する議員の行動報告がないのもおかしい。月に一度各人必ずインターネット上に当月の行動、業績を報告させるべきだ。勝手に報告するのでは無く、所属会派の責任者の内容チェックと承認を得る必要がある。承認するには責任も生じるからその議員に問題が起これば一蓮托生で承認者も責任を取らせる。国民の血税の無駄飯食いをしている者が多過ぎる以上当然だ。

問題を起こした議員はまず辞職では無く懲戒免職にして、今迄の給与、経費を全額返納させろ。辞職を自分で決めるのでは無く、懲戒解雇に相当するか否かを国民に決めさせろ。パソコン投票にすれば経費も掛からない、マイナンバーをこう言う時に活用すればいいんだ。

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気持ちを落ち着かせる風景画にしました。

私の生涯日誌 その55

2016年  20日 09:35
入社1年目のS38年に父から「早苗さんはどうするんだ」と聞かれた。「結婚しますよ」「それは判っているが何時するんだ」「何時と言われても資金が未だ無いから・・・」「結婚費用は出してやるから早く日を決めなさい」との父の言葉に甘える事にしてバタバタ準備に入った。

挙式日は私と早苗が同じ年齢となる5月6日以降と決めて最終5月19日と定めた。仲人は私の上司の中野課長夫妻にお願いし、挙式は白山神社で行い披露宴は安上がりに若松市の婦人会館で予約した。
当日披露宴に出席して戴いた方々は、媒酌人ご夫妻に司会をお願いした田中先輩、新郎側は入丸産業山村相談役、石田支店長代理、片山課長、中島、吉田課長代理、山大友人池本、大森君、高校友人日高君と父以下親族6名(康介兄は東京大森支店勤務で出席出来ず。)
新婦側は三菱商事小池支店長代理、宮崎課長代理、同僚の河内山さん、嶺さんと父以下親族6名であった。商事側が少なかったのは取引先のH製鋼倒産により急遽欠席となった為である。

全てが無事終わったその夜父から、予定より経費が掛からなかった為新婚旅行を計画してはとの話があり、翌日これ又バタバタと準備し福岡県内の船小屋温泉に一泊、阿蘇に登り下山後別府の三菱商事の保養所に一泊、地獄巡りの予定を組んだ。

そこで又失敗をやらかしてしまった。別府行きの電車を阿蘇防中駅で待つ間、時間が有り過ぎたのでパチンコに行こうとしたら急に大雨、地理も不明なのでタクシーに飛び乗って「町のパチンコ屋へ」と言ったのが大間違い、20分以上かかって阿蘇町迄行ってしまった。
来た以上はと5分位玉を弾いてタクシーに飛び乗ったが、途中大雨で橋が決壊したかもと運転手に脅かされ、ホウホウの体で駅に戻ったら、女房殿はプラットホームでべそをかいていた。どこまで心配をかけたらいいんだ。

だけど無事約束通り結婚出来たねぇ。共に白髪の生えるまでだよ。後で中学の恩師に会った時まさか本当に結婚するとは思っていなかったと言われてしまった。そんなに信用無かったかなぁ。

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未だカラー写真は普及してなく、テストで撮ったのは色が良くなかった。
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テストで撮したカラー写真。     別府の地獄の前で。   上の写真は帰りの普通車、 行きはグリーンだったよ。