休日の幕間記事

2016年  31日 09:25
○ 先日の自称水爆まがいの実験に続き今度は長距離弾道ミサイルの発射準備が進んでいると言う、しかも発射場所は複数あるらしい。これに対し韓国を始めひどく警戒しているが、自国に向かってきた場合には、打ち落とす準備をしている日本の対策は尤もであると思う。だがそれ以外に何の心配があると言うのだろう。

万一戦争布告に近い挑発のミサイル発射であるならば、即対応して北朝鮮を壊滅してしまえば良い。相手から始めてくれればこれに越したる事は無く、正統なる理由の基に不安材料を消滅させる事が出来るなら最高だ。

影響の無い場所に向けての実験なら全く問題は無いし、大いにやって貰いたい。珠には中国方面に誤射したらどうなんだ。何故ならこの実験をするのもお金が掛かるのだろう。あの貧乏国が経済制裁を受けながら実験に大金をかけて行ったら、最後は若造を除いて国民総餓死するのではないかい。恐らく大衆もそこまでは馬鹿じゃ無いだろうから、その前にあの若造を吊るしてしまうと思うよ。だからどんどんやらせようよ。各国が関心を示すと若造の思うツボになるから放っておいたら焦るだろうね。

それにしても国連安保理において北朝鮮への経済制裁審議に対し、相変わらず中国の協調性の無さが際立っている。確かに北朝鮮で儲けさせて貰っているから反対しているのだろうが、中国もそんな所に頼っているなんか情けない国だね。民衆に気の毒だとか訳の判らない理由を言っているが、その国民を救う対策を、若造に考えさせる為にやろうとしてるんだろう。
中国もはっきりと儲けたいからやりたくないと言ったらいいじゃないか、顰蹙を買うだろうけど自分の為だったら何とも感じない、中国ってえのはそんな国なんだよ。

 29日金曜日に定例のカラオケ藤で歌った。いつもの様に歌った歌は21曲:大空と大地の中で、北の漁場、とんぼ、時は流れても、望郷酒場、川は流れる、おまえとふたり、襟裳岬、ほたる川、1990年、私の城下町、瀬戸の花嫁、青春の城下町、花挽歌、みんな夢の中、やすらぎ、逢えるじゃないかまたあした(ママとデュエット)、さくら、もう一つの土曜日、琵琶の実のなる頃、芭蕉布の21曲。いつも歌のジャンルに一定性が無いなあ。9時少し前に2人の来客があったので帰る、今日も早く帰れたな。

私の生涯日誌 その38

2016年  30日 09:50
私の生涯日誌を37回迄続けて来たが、余り読まれていないのか面白くないのか拍手も少ない。途中に書いたボヤキの記事の方が評価されているようだ。自分の人生の記録としてボケる前に書いておこうと思ったのだから、別に読者の事を気にする必要は無いのだけれど、この辺り私も未だ、気持ちは俗世の中に漂っているのだろうな。

遂に山口大学経済学部の学生となった。早速中本の奥さんは私の為に下宿先を捜してくれた。中本さん宅から30m位離れた竹田(仮名)さん宅、ご主人は小学校の校長先生で頭の薄い物静かなちっちゃな人、それに引きかへでっぷりと貫禄のある早口の奥さん、同居している30代の綺麗な長女と市役所勤めの旦那にそのお子さん2人、竹田さん宅の娘2人、姉はぽっちゃりした大人しい娘、妹は細身の活発な娘、彼女には山大卒の恋人あり。息子が居ないので長女夫婦が同居なんだ。

家は2階建て、玄関に至る10m位の道の左右はご主人の趣味の家庭菜園、玄関入って直ぐに二階への階段、上って左に2部屋あって玄関側に窓のある廊下付きの4.5畳(山大中国語講師下宿)、襖で隔てられた隣が裏庭側の4.5畳の私の部屋。階段を上がって右側の部屋が娘2人の部屋。ここが、私がこれから4年間世話になった竹田家の全貌だ。

食事を世話になる中本さんは会社員のご主人(50歳代)と奥さんはいかり肩で細身の人の良い方、洋裁店で服の裁断をしている娘の孝子(仮名)さん、小学生の時男(仮名)君の4人暮らし、前にも述べた様に食事を提供するのは私が始めてだ。

下宿は山口市中清水、場所は山口市亀山の経済学部校舎と湯田温泉との中間に位置する住宅地と言える。私が生活した当時の山口市は山口県の県庁所在地ながら、駅も小さな古臭い田舎の駅と言う感じで、歩いて街のどこへでも行ける様な所だが毛利家の廟所や歴史的な寺院のある静かな佇まいの町、何しろ近くの湯田温泉以外何も無い町だけに山口大学の学生は本当に大切にしてくれたな。に染まらずなままで過ごせたのもこの町あっての事だろう。。

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山口大学経済学部正門前 高商・経専時代からの歴史ある建物だ。 経済学部から見えるザビエル教会の塔。
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竹田家玄関 4年間世話になった愛車。 中本さん宅娘、竹田さん宅娘。  当時の大学生は8割以上学生服だった。

ボヤキの続き

2016年  29日 10:18
 甘利大が辞任した。元大臣の直接受領した100万円は正式に寄付金として処理されていたが、元大臣の知らぬ所で地元事務所の秘書が別途500万円を受領し、その内300万円を私用に着服していた事が判明し、任命者の責任として大臣は辞職した。誠に潔しと思うが、真の目的はこれ以上この問題を長引かせ国会運営に支障をきたさない様にする為の配慮であったと思う。

部下の管理は上司の責任、どこの世界でも同じであるが、余りに早い辞任に野党連合は今からと張り切っていた棒を外され、今度は総理大臣としての任命責任等に切り替える見込みのようだが、元大臣の秘書の悪事まで見通せられるか。

もう止めろよ、昨日も言ったように今何が大切かを真剣に考えろよ。逃げ隠れはしないし、これを今追求して国会運営に何のメリットがあるか、野党の連中も国民に選ばれた者であるなら、今国民の為にやらねばならぬ事に早く気付けよ。

それにしても石原新大臣とは随分質が落ちたな、緊急だったから仕方ないにしても、安倍内閣も人材不足か。

 将来立派な人間になったかも知れない3歳の幼児が、社会に取って今後何の益にもなりそうにない最低の男に殺された。
睨まれたから殴り殺しただと、3歳の幼児に195cm、120kの男が同じレベルで向き合ったのか、その程度の頭脳、思考能力しかなく、大人になってもまともな判断力も出来ないこんな人間が、この年迄堂々と生きて来た事に恐怖を感じる。

母親も母親だと思うよ、こんな男に性欲だけですがりつき、大切な子供を目の前で殺されても何もしようとしなかった。それともそれ程大事な子供でも無かったのか、本当に大事な子供だったら、自分が蹴られ殴られても子供を助けようとするのが当たり前だろう。

子供もこんな親に生まれて不幸だったね。子供には親を選ぶ事も出来ず、恐らく幸せな日は一日も無かっただろうし、この小さな体では反抗も出来ず、ただ耐えて睨む事が精一杯だったのにそれが命取りになるとはなぁ。、守ってくれる母親も居ず、ただ殺されるのを待つだけの毎日がどんなに辛かったか想像するに余りある。ただ不謹慎かも知れないが、こんな地獄の生活より死んだ方が良かったかも知れないなぁ。

いつもこんな事件が起こる度に思うのだが、このような男はどうすれば良いのだろう。こんな男は世の中には必要なく、知能が低いだけに物事の善悪も判らず、自由にさせるとロクなことをしないに決まっているだけに、本当は死刑にしても良い位だ。本当にダメな人間でも、まともな人間に生まれ変わる事が出来ると思っている奴は偽善者だよ。

ボヤキの途中記事

2016年  28日 09:35
腹が立ってくると一週間待つのが苦痛になる。日曜と言わず適宜書く事にしよう。

民主党岡田代表、腰巾着みたいな維新の党の松野代表、君達は今何が国民にとって大切なのか判って行動しているのか。甘利明経済再生担当相の金銭授受疑惑について週刊誌の尻馬に乗り、鬼の首を取った様に騒いでいる。確かにこの件は事実であれば小さな問題では無いだろうから、いずれにしても大臣より明快な説明が必要となるあろう。

ただし今は平成28年度予算委員会の審議を行う大切な時期である。甘利大臣の説明が無い限り予算審議に参加しないとか子供がダダをこねる様な事を言っているが、国民にとって何が大切な事かを判って言っているのだろうか。

甘利大臣の問題は、現時点で国、国民にとって重要な予算審議をボイコットして迄、問い詰めなければならない程の緊急問題なのか。自分達の党の為にこの問題を利用しようとしているだけで、国民の事をどれだけ考えてやっているのか。

この件を追究する特命チーム迄を国会内に作って徹底追及するだと言っているが、我々国民はそんな事の為に大切な税金を出しているのではないんだ。結局は自分の党の為みたいなものだから、国会開催中や重要な審議の時期を除いた暇な時に手弁当でやるべきだろう。

その結果良い報告が上げられたら、国民も良くやったと認めてくれるし、党にとっても有利に今後の展開が出来るだろう。今やってる事は、「所詮野党がやる事はこの大切な時期につまらん事ばかりに熱中している」と国民に思わせている行為だぞ。甘利大臣の問題を疎かにして良いと言っているのでは無い。事の軽重を問うているのだ。

甘利大臣には当然今回の内容が是であれ非であれきちんとした報告説明が必要であるが、TPPの署名調印の時期も近い中で、国の担当代表がこんな事で出席出来ないとかなった場合は、世界的に見れば自国の事との公私混同で、各国の笑いものになる可能性もある。

岡田君、国の為国民の為を第一義に考えて行動しろよ、民主党としては、鳩山の為に最低の党になった流れを早く断ち切るように、リーダーとしてもっとやるべき事があるのではないか。

私の生涯日誌 その37

2016年  27日 08:47
こんな生活を続けながら日時は刻々と過ぎて行き大学受験の日程が近づいた。又九大一本と決めていたが、父から山口大学を受けるだけ受けてみたらどうかとの話があり、合格しても行かなくても良いとの条件で経済学部の願書を提出した。結果は九大は又もや見事不合格

山大の受験には学校斡旋の民間の中本さん宅に宿泊を予約、この家は両親と私の同年代位の娘、小学生の息子の4人家族、今回真面目そうな現役の受験生も同宿となったが、私は食後にこの娘と息子を連れて湯田温泉迄ぶらぶら散歩しながらのんびりした時間を過ごしたんだ。

翌日の試験日は合格しても来る気が無いだけに気楽に受験、午後の時間の試験には、教室の裏にあるザビエル教会で時間を過ごし過ぎ、ぎりぎりに試験会場に入る始末だったが無事終了。宿を引き上げる時にはそこの奥さんから、「合格したら私がこの近所に下宿先を見つけておくし、初めての事だけど朝晩の食事はここでしてあげる」とえらく気に入られてしまった。

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入試願書用写真、写真屋が黒子をゴミと思って消してしまった。   正月に挨拶。

結果は合格、不思議なものだねぇ、あれだけ合格しても行かないと意地を張っていたのに、合格と聞いた途端もう勉強をする気が無くなってさっさと周囲に合格挨拶、父はちゃんと先を見通していたんだ。親もさる事ながら一番喜んだのは早苗だったな。

S33年3月には康介兄は九大を優秀な成績で卒業し三菱銀行に就職決定。その年龍介兄は父の斡旋もあって、父と同じ植田製作所に営業マンとして就職、父の負担は私だけとなった

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私の生涯日誌 その36

2016年  26日 10:20
昭和32年3月に高校を卒業し灰色の浪人時代に突入する。小倉高校の付属予備校「明稜」の試験に合格し小倉迄毎日通学。この頃の思い出話は殆ど記憶に残っていない。

長兄隆介の忠告もあって、早苗との交際を大学合格を目指し自重しようと言う事になった。この32年に父は銀行を退職し、若松市内にあった㈱植田製作所に入社経理部長(課長だったか?)となる。長兄は大学卒業後無職、次兄は九大4年、小生浪人。

父と母には昔からの趣味で謡曲と仕舞があり、父は既に先生クラスの実力があり「城謡会」と言う謡の会の先生でもあった。私は小学校時代から中学までは父母の謡の会にはいつもついて行き、結構耳は肥えていた。身贔屓では無いが父、母の謡の声は上手いと思っていたね。

一時期中学か高校の時、父に教わりその時父母の謡を録音したテープが今も残っている。父の「鶴亀、紅葉狩、橋弁慶、三井寺」父母の「羽衣」があり懐かしい声を聴こうと思えばいつでも聞ける。謡の声と言うのは一朝一夕で作れるものでは無い。私は少し教わってからこれは謡の声では無いと諦めたが、続けないとあの声にはならないんだ。

私がサラリーマンになって父と一緒に飲み屋さんに行き、父にカラオケを歌ってもらった事があったが、全くの謡の声で歌謡曲にならなかった事を覚えている。私は今のカラオケが歌える方が良かったと思っている。

早苗は三菱商事㈱若松出張所に勤務し、会社の帰りにこっそりと家の裏の墓地に来ていた。冬場の暗くなるのが早い時は怖かっただろうと思うが一定の時間迄佇んだ後帰って行っていた。正直言うと3日に一度は勉強部屋の窓から屋根伝いに裏の塀を乗り越えて逢引していたのは事実だけどね。これじゃ勉強は捗らないし灰色の浪人生活とは言えないか。

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二階の私の勉強部屋、右手の窓から裏のお墓が良く見えるし、直ぐに屋根で塀に繋がっている。右の写真は9月某日、早苗の20蔡の誕生日に写した写真、私は当然未だ19歳。

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社会人になった早苗、旅館の下駄は社員旅行か、小さいのが判るなぁ。

私の生涯日誌 その35

2016年  25日 09:30
若松高校の正門(門迄50m位の登り左右桜並木)と校舎、卒業時の加来校長。

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卒業記念写真 永野師と3年4組仲間達、 写真の左に私が考えた言葉を残して貰った「俺たちは仲間だった 美しい目と 真摯な思索をもった若々しい仲間だった。」
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早苗の3年1組、就職組。赤司師と仲間達。
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3年生時の成績を約束通り公表する。3年では通知表の科目が8科目と減る。全て5であれば3学期合計で120、私の総合計点数は93(5×8、4×11、3×3)、最後となる3学期の中間考査は8科目合計602点(1科目平均75.3点)、17位/88人中(進学組人数)
誠にお恥ずかしい成績で高校生活を終わった。この実力で厚かましくも九州大学経済学部を受験したが、見事不合格となる。

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早苗の卒業写真。彼女は就職試験で郵政局三菱商事㈱に合格し、どちらを選ぶかで迷っていたが、本人の意志で三菱商事㈱に就職する事を決めた。右の写真は履歴書に添付する写真を若松市内の写真館で撮ったものだが、これには後のエピソードがある。この写真館が表の出窓にこの写真を無断で飾っていたらしい。
ある日早苗の家に2組の家族が別々に訪ねて来て、親父さんに早苗を息子の嫁にと申し込みがあったらしい。これは勿論早苗から後で聞いた話であるが、親父さんの「娘にはもう決まった者がおりますので」とその場の返事で断ったそうだ。今は亡き親父さんには今も感謝している。本当に無口な親父さんで、それ迄何も話をした事は無かったのだけどちゃんと考えてくれていたんだ。

幕間記事と長崎蒸し寿司

2016年  24日 09:42
○産廃業者のダイコーが壱番屋から廃棄依頼された冷凍カツを食品卸売業みのりフーズ経由で食品用として転売していた事件、これが発端で色々な業者から色々な冷凍食品が廃棄されずに食卓に乗り弁当に活用されていた。病気にならず幸いであったが、食に関する違法問題は厳しく厳罰に処すべくきである。

ただ驚くべきは廃棄される膨大な食の量、飢餓に喘ぐアフリカの子供に申し訳無いと思わないか、殺された牛や豚等の生き物に申し訳ないと思わないか。横流し業者が勿体無いと思ってした事では無く儲ける為の行為であった事は情けないが、本当に勿体無いよなぁ。

○スキーバス事故等バス事故が続いた。スキーバスには若い人が多いだけに亡くなった人は本当に気の毒であり残念だ。原因の追究が未だ進められているが、いつも思う事は何の事故であれ一時的な検査機関の厳しい検査実施の報道があり、喉元すぎれば何とやらで繰り返えされる現実、本当にお願いしたいのは抜き打ち検査の徹底と違法会社の長期営業停止処分。厳しい処分で無ければ同じ事の繰り返しになる事は必至だと考える。

○世界的な株安が続いておりその要因の一つに中国経済の低迷が挙げられている。先日の中国国家統計局発表の2015年GDPは実質で前年比6.9%と25年振りの低い水準と言うが、この数字もこの国の常套手段の誤魔化しがあるらしい。

そもそも中国経済の動向で株価の変動が左右されるなんて情けない話。中国経済は全てが架空の数字で作り上げられたもの、いつ経済破綻が起こるかもしれない事は再々述べられているにも関わらず、どでかい図体と有り余る人口に惑わされているだけじゃないの。これからも中国市場では投資家の資金の海外流出が続き株安に拍車をかけるだろうね。国民が国を見限っているのが中国なんだよ。

白鵬ってのは役者だねぇ。真剣にやれば負けるはずのない稀勢の里に、いかにも戦略ミスをしたような形で敗北した。大鵬の記録を抜き、功成し名を遂げた白鵬にとって、日本でモンゴル人が相撲を続けて行く為にも、この辺で日本人に好まれる必要があると考えられるチャンスが巡ってきた。

今迄、不甲斐のない日本人力士に優勝のチャンスが訪れた事が無い。琴奨菊と直接対決で破れた時点で彼は琴奨菊を出来れば優勝させたいと思ったに違いない。白鵬の思惑が外れたのは豊ノ島に琴奨菊が破れた事だ。処が昨日琴奨菊が栃煌山に勝った時点で再び白鵬は決意したんだ。その結果が稀勢の里との相撲だよ。

今日琴奨菊が負ける事になったら白鵬の思惑は外れ、自分が優勝せざるを得なくなるかもしれない。昨年11月に照の冨士の負け越しを救う為に下手な八百長相撲を取った白鵬、最近優勝の無い鶴竜や日馬富士に世間の風当たりが強くなる前に上手に優勝出来るように支援をした白鵬。

今は全ての記録を塗り替えた彼の心には第二の故郷日本で自分達が住みやすくなる為にも、世間が願っている日本人力士の優勝が必至となって来たんだ。人気に溺れた日本人力士は恥ずかしいと思わないのか!!

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妻のちぎり絵 しくらめん
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久しぶりに家庭で作った蒸寿司。本場長崎吉宗の蒸寿司と少し違うのは、三色の食材の内、昔からの椎茸を甘辛く煮て刻んだ食材を、今の吉宗ではアナゴを刻んだものにしている事だ。我が家は昔からの作り方を継承して来ている。田麩(でんぶ)は買ってきたものは臭みが強いので面倒ながら自宅で作るようにしている。

私の生涯日誌 その34

2016年  23日 09:54
体育祭は順調に進行し器械体操の時の写真に面白い写真を見つけた。

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左の写真、良く見えないがピラミッドの最下段の中央が私だ。右の写真は卒業時一人一人に配られた写真帳の中に、、高校生活の行事が色々と載せてあった一枚だ。所があるピラミッドの前で写真を撮している人がいる、その写されたピラミッドが左の写真。その通り、私の兄康介だ、兄が写った写真迄卒業生全員に配られている。こんな偶然もあるんだな。兄が持っているカメラは父の遺品となったローライフレックス。

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高校生活最後と言うか人生最後のフォークダンス。後にどのような競技があったか記憶に無い、ただ1年生~3年生対抗の100m走で、昔はあれだけ早かったのにビリ2だったのには流石に落ち込んだな。
競技が全て終了した後、事前に打ち合わせをしていた体育の日野教師をプールに投げ込む予定が、本人どこを探しても見当たらず実行出来なかった、この様な計画はどこからか漏れてしまうものなんだな。
これで大きな行事は全て終わり、来年の大学受験を待つのみとなった。目標の大学は康介兄の通っている九州大学経済学部一本に絞っている。何となく自信は無かったが他に行く気は無かった事を覚えている。

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中学3年5組の卒業後の第一回クラス会、このクラス会は延々と続いており今年の秋にも九州若松で行われる予定だ。一昨年の60周年祈念の出席者は僅かに8人だったが良く続いていると思うよ。

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勉強は止めて花嫁修行を始めたけれど、全くものにならず。考えてみると我が家は琴が似合う様な家では無かったな。



私の生涯日誌 その33

2016年  22日 10:00
高校3年になると、思い出の1ページを飾る体育祭がある。3年生になると体育祭ではある特別の催し事があり、その為に運動会の数日前から準備、製作に入る。クラス担当教師の特徴を表したハリボテを造り、その上に教師を乗せてお神輿の様に運動場を練り歩くのである。

我クラスは当然、あだ名の出目金と決まった。さて作る場所は他のクラスの者や担当教師にも知られない様に作る必要があり、結局クラスに居た大藤君の家即ち白山神社の境内で作る事となった。材料はクラスで費用を出し合って材木等を買い揃える。まず担ぎ上げる台を組み上げ、その上に竹細工で金魚を作って行く、要は青森のねぶたみたいなものだ。

結構大きな物になり泊まり込みで作る日もあった。お宮の神殿の中に寝ていると朝早く柏手の音で目が覚める、お参りに来た人がこの中にごろ寝している連中が居るとも知らず手を合わせてくれているんだ、ちょっとこそばゆい気持ちだったね。

一段落ついたある晩、こっそり5~6人で禁断の酒を飲もうと言う事になり、石段を降りた近くにあった酒屋に行って洋酒をくれと言ったら、オヤジがどんな酒にするかと聞く、強い酒が良いと言うと、ウイスキーかブランデーかと言われブランデーに即決した。当時は洋酒の名前なんか全然知らなかったが、新聞の連載漫画でチックヤング作「ブロンディ」と言うのがあったので、ついブランデーにしてしまったんだ。神社の横の佐藤公園でラッパ飲みしたんだけど酔わなくてね、最後は公園の広場を皆で走ったら酔って吐いたのもいたな。

この大きな出目金を白山神社から5k位離れた若松高校迄どのようにして、何時運んだのか全く記憶に残っていないのはどうしてだろう。酒を飲んだのは覚えていながら、この大事な作業を何で思い出せないんだ。

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目ん玉は竹竿で飛び出すように作ってあったので左右2人で操作した。好評だったけど途中で落としてしまった。
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クラス全員 永野師を囲んで。 中央シャツの前のメガネが先生。隣のランニングの右下が小生。
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早苗は1組、赤司先生はあだ名ニワトリだったようだ。ちゃっかり乗ってますねぇ。