ついでに医療ミス

2015年  31日 10:29
今日は他の記事を準備していたが、朝起きてベランダを見たら鉢植えのチューリップの花が一輪まさに開こうとしていた。チューリップはね、開ききったチューリップも良いけれど今まさにこの世に生まれんとする初々しい姿が一番良いんだ。「若い女の子が好きなんだろう」って、冗談じゃない描きまくってどの顔も同じの上に若いのか年なのかも判りにくい女性って嫌だね。
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今日の散歩で四分咲きの石刀神社のがほぼ満開になっていた。桜の下で一杯やっていた時代が懐かしい。「お前はその後のスナックのあの娘が懐かしいんじゃないのかい」・・・無言
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さて3月4日の医療ミスで記事にしたが、その後の調査で保険適用外の腹腔鏡手術の死亡率は保険適用の手術に比べ死亡率が約5倍高いそうだ。更に群馬大病院の同手術の死亡率が全国平均の17.6倍と高く、遅きに失したと思うが日本肝胆膵外科学会は学会が認定する訓練施設から未熟であるとして同大学を除外したそうだ。
千葉がんセンターでも腹腔鏡手術で11人死亡とのニュースがあった。恐らく群馬大の件から調査が厳しくなったのか死亡した患者の家族が立ち上がったのか不明ながら、とんだとばっちりだと思わず謙虚にこの後殺人を犯さずに済んだと反省しろ。技術の向上は人間以外で行うように教育しろよ。死んだ人は浮かばれないよ。

大塚家具の親子ゲンカ

2015年  30日 12:09
テレビに能面のような無表情な顔が映り、感情が籠らない切口上的な言葉が続く。ご存知大塚家具の株主総会後の大塚久美子社長の記者会見の様子である。小さな口が一層冷たさを強調している。
こんな言い方をするとこの社長を嫌ってるなと思うだろう、そうなんだよこの顔嫌いだなぁ。私はね、大塚家具に別に興味も無いし、株も持ってないので内情も全く知らないし、ましてや親子の経営権を巡っての紛争など巷の噂が出るまで全く知らなかった。
親子でここまで争う以上、創業者である会長の父親にも創業者特有の欠点があるのだろう。社長の立場として会社経営上にこのままではいけないと言う強い気持ちがあったのだろう。だけどね、親子だろう、ここまで全国に知れ渡るような醜態をさらけ出す前に何とかならなかったのかね。家族構成も家庭環境も判らないけれど、この娘には幼・少時代に両親の愛情が注がれなかったのではないかな。総会での母親に対する言葉も公式の場だから感情を抑えてと言う感じでは無く、短い言葉の中に憎しみさえも感じられたなぁ。
週刊誌で読んだ社員の談話で、社長はヒステリックでいつも社員を怒鳴り散らしているとの事、能面の裏に隠された厳しい性格も、親に対する姿勢から納得出来る気がする。家具は結婚用とか、新居移転とか目出度い時に揃えられるものが多、こんな親子関係を見ていると縁起が悪いように思うよね、私だったらこの会社の製品は遠慮したいね。
いずれにしても親に孝を第一に育った私には想像のつかない世界、親父さん、もうこの会社や娘は諦めて競合会社に自分の株式を全部売ってしまったらすっきりするんじゃないかい。

日曜ブログ休養日

2015年  29日 09:07
石刀神社のは未だ四分咲きです。ベランダの桜は散ってしまいました。

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お宮と

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神社前の参道

東洋ゴム工業詐欺まがい事件

2015年  28日 10:00
[高減衰ゴム]で全国シェア約2割(1位はブリヂストンの約8割)の東洋ゴム工業に免震装置性能改ざんが発覚した問題、子会社の製品開発担当者がデータの改ざんを行ったと報道されている。当然担当者の責任はあるとしても、何故そのような事をしたのかとか管理態勢問題とか認可ミスとか審査方法とか言うような責任のなすりあいのような事はこの際どうでも良い。人命に関わる問題は早期解決以外に無い
メーカー自らが申告した基準に適合しない製品が使用された以上、現状のままでも安全性に問題は無いとか言うことを調べる必要は時間の無駄であり、国交省は承認ミスをカバーする為にもメーカー自らが申告した基準に適合する製品と取り替えさせる事をすぐに指示すれば良いのではないのか。東洋ゴムは製品が採用されるように虚偽の申請をしたのであるのなら詐欺と同じである。理由などどうでも良い。 
幸いな事にゴムには耐用年数があるので、交換出来るように上下をボルトで固定する方式であり、ボルトを外して建物をジャッキで数ミリ持ち上げれば取り替え可能と言う。
今迄交換された事が無く技術的に未知な部分があると言うが、ゴムの耐用年数60年となってる以上当初から交換は絶対条件のはず、今更未知の部分ありと不安を煽り立てるような発言は必要ないだろう
基準にあった製品の価格、交換に要する費用、色々な補償費等を現状発覚した建物だけで単純計算しても100億円以上と推測され更に使用された箇所が増える可能性は大である。
いくら費用がかかっても仕方ないだろう。問題が発覚してからも不適合製品を出荷していたのは経営陣も何とかなるだろうと承知しながら安易に考えていたのではないのか。知らなかったとか報告が無かったとかは社内の問題であり、結果がこのようになった以上甘えたらいけないよ。
早く交換させないと既に信用も失墜しており経営も苦しくなると、交換工事が出来なくなる事態が起こらないとは限らないのでは。これは貧乏人の心配か。

高校野球の地元応援?

2015年  27日 10:45
春の選抜高校野球は一回戦が終わって昨日から二回戦が始まった。九州勢は一回戦で全て敗退、情けない限りである。
私は昭和55年、42歳の時に福岡支店から名古屋支店に転勤になった。
銀行勤めの父の転勤に伴って生まれ故郷の神戸から若松市(現在の北九州市若松区)に移り住んだのが4歳の時、以来大学時代山口に4年間住んだ以外は名古屋に来るまでずっと九州人であった。九州はよかとこやったばい!
そうそう高校野球の話やった。私は名古屋に住んでも何故か高校野球の応援は九州勢になる。福岡県代表だけでは無く、九州全ての県代表を応援してしまう。九州人と言うのは九州を一つの島のように考えるところがあって、私が名古屋支店に在籍中には「九州県人会」と言う飲み会があって沖縄県も含めた8県全ての出身者がメンバーだった。九州以外の地域ではそんな纏まりは無かったように思う。会の歌は「花と龍」、飲み会の最後はこの歌の大合唱だったな。
ってな事で今回も九州勢を応援していたが全滅、春の選抜は終わってしまった。それにしても旧制中学時代から昭和30年頃までは公立の学校が強かったが次第に設備の整った私立が強くなったね。同じ条件だったら頭の良い方が強かったと思うよ。戦後すぐの福岡県代表は進学校の小倉高校が多かったね。今は昔のように地域差も無くなって、野球留学も含めて野球の伝統校が強くなってしまった。
春の選抜で思い出されるのは昭和29年初優勝の飯田長姫高校、校歌が旧制高校のメロディと似ており、楽譜を求める人で学校もテンヤワンヤ、嬉しい悲鳴だったそうだ。今一度聞きたくて夏の地区予選を新聞でチェックしているが消えてしまうのが早い、もう少し頑張ってくれよ、間に合わないよ。

ブログの記事に思う事

2015年  26日 10:59
ブログを初めて約3ヶ月が経つ、ブログの何たるかを知らなかった私に手とり足とり教えて下さった影の管理人さんにまずお礼を言って、現在の心境を述べていきたい。
ブログは自分の気持を発散するのに最適ではまって来たのが判る。現在「ぼやき」と「趣味」と「日常」に分けているが、自分としては後で読んで貰おうとかそんな気持は無く、別に解り易い様に分ける必要も無かった。今日ブログを開いたらこんな事を書いている奴がいる。少し共感する所もあり、ほっとする文章もあり、楽しい文章もある、タマには見てやってもいいか・・・。
色々聞いてみると最初から仕事と言うかアルバイト目的で記事を書いている人もいるようだ。それはそれで目的がはっきりしているからいいんじゃないかな。ただ同じ趣味の人と交流する目的とか、気持を発散する目的とか、本当に自分の文章を読んで貰いたいと思って書いている人とは自ずと内容が違っている。
私はランキングに入っている人達のブログを開いた事がない。案外面白い記事があるのかも知れないが最初から目指している方向が違うようで、文章にも作為があるような気がしてしまう。
私は拍手やコメントが欲しくないと言ったらになる。共感してくれる人がいるんだと思うだけで励みになる。私はこの僅かな空間の中にどのようにして自分の気持を伝えられるか真剣に勝負している。それだけに共感してくれた人がいたと思うだけでその日一日、心が晴れ晴れとなる。年齢もプロフィールに記載しているので目的の異なる人の訪問は正直嬉しくない。
QLOOKパスポートでFC2に入っていない方のブログ訪問を調べる事が出来る。少数の知人にしか自分の屋号を知らせていないので、名前もどのような人かも全く判らないが、愛知は勿論、北海道、鹿児島、福岡、神奈川、岡山、山口、愛媛、千葉、福井、宮城、山梨等々どうして自分のブログが判ったのか不思議だけれど、このような方々の訪問は営利的目的では無いと思われるだけにいつも感激している。この場を借りてお礼を申し上げたい。直接メール交換でも出来れば良いがといつも思っている。
これからも楽しくなるような、共感して貰えるような記事を書いて行きたいと思っているが、決して媚びるような文章は書かないよ。目に見えない空間を通じて世界が広がって行くことを願い拙い記事ながらこれからも頑張って行くつもりだ。

本日のゴルフコンペ

2015年  24日 21:12
今日は今年2回目のゴルフに行った。「土筆会」と言う基本的には当地の高校のOBの先生方が主体のゴルフの会で年に4回開催される。今回は今年初のコンペだった。参加者は17名、いつも大体5〜6組かな。
先生でもない私が何故参加しているかって! 木曽川のゴルフ練習禁止地域で、偶然にこの会の永久幹事のFさんに参加しないかと誘われてね、 恐らく私のショットの素晴らしさと品の良さそうな雰囲気につい声をかけたくなったんじゃないかな。
結局参加させて貰ってから今回13回目の参加だった。 これまで優勝も1回、数々の賞も貰った。
それにしても春なのに今日は途中で雪もちらつく寒い一日、本当に寒かったよ。グリーンも難しくて苦労したなぁ。
それはそうと先日のアーノルドパーマー招待のゴルフ、3日目まで石川が松山より上位だった話したよね。なんと最終日の結果は石川:ー5で43位T、松山:ー8で21位T、・・・石川は松山に負けまいと自分で自分に呪縛をかけて動けなくなるのじゃないかな。・・・本当はね体力の差なんだ、過酷なPGAツアーで4日間戦う、特に最終日は体力勝負なんだ。
さて今日のような寒い日は体力が物を言うのはさておいて、私共の歳になればゴルフは結果とかスコアとかを余り言うものではないんだ、今日一日和気藹々と楽しくゴルフが出来た事を一番に喜ぶべきなんだ。それにしても幹事のFさん、私と同じ歳なのに今日もベスグロだった、年寄りは年寄りらしく謙虚さが必要だと私は思うな。 

オカリナ演奏会 素敵なお客さん

2015年  22日 23:40
愛知県下水道科学館でのオカリナ演奏会は盛会の内に無事終了です。
最初に先生が3グループの紹介をした時には声が弾んでいましたね。何しろ舞台には去年の3倍近いメンバーが所狭しと並んでおり、ピンクとグループ別のユニフォームが映えていましたからね。(一人だけ先生と一緒の黒を着ていた奴がいましたが)・・
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春の小川に始まる春の歌4曲の滑り出しも上々、去年よりお客さんも多く、丁度トトロの「さんぽ」を演奏し終わったた時に、正面の席に陣取っていたガキんっちょ3人の内の1人が「この歌知ってるよ」と楽しそうに声を上げてくれたので、先生は早速に反応しましたね。 「後でドラえもんもやるよ、これを持って振ってくれないかな」
人型のパネルにトトロとドラえもんの絵が貼ってあるペープサートです。3人は1本づつ喜んで振り始めましたが次の曲が運悪く「アメイジンググレイス」・・ガキんちょには少し荷が重かったかも。終わるとすぐに「ドラえもんは!・・」 「後でね」
次は「野に咲く花のように」続いて「花は咲く」・・・ だけど感心でしたね、これらの曲は言われた通りにパネルを振りながらじっとドラえもんを待っていましたよ。
先生の独奏NHK連ドラ:マッサンの主題歌「麦の唄」の後、いよいよガキんちょお待ち兼ねの「夢をかなえてドラえもん」です。この曲は本当はアンコール用だったけれど、先生がばらしちゃったので予定していた最後の曲として演奏する事になりました。
私はこの曲が不得意で楽譜に集中し、子供達がどのようにこの曲を聞いてくれたのか見るゆとりが無く、全演奏が終わった後もほっとしてしまって、この素敵なお客さんが誰の関係者なのか何も判らないままに終わってしまいました。
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今日は本来休養日

2015年  22日 08:55
ベランダの陽光桜が開花した。ひと房だけだが何故咲いたのか不思議だ。何か良いことがあるに違いない。昨日名古屋気象台で桜の一番開花が報告されたが基準はソメイヨシノの開花なんだね。
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第87回選抜高校野球が開幕した。春の甲子園だがやはり夏の甲子園よりマイナーで盛り上がりに欠ける。だが入場行進はいつ見ても感激するな。日本人は歩調を合わせた行進が大好きだが北朝鮮みたいなのは嫌だね。頑張れ九州勢。
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春夏合わせて初出場の愛知豊橋工業 嬉しかっただろうね

PGAゴルフ アーノルドパーマー3日目 久しぶりに石川が松山の上位に来た(石川ー8:16位、松山ー4:54位) 石川も大分大人の顔になり精悍な顔になった。CMも減って来たようだし本業で頑張れ。

そうだ一番大切な事を書くのを忘れていた。今日の午後1時から「愛知県下水道科学館」で私達のオカリナ発表会がある。素敵な私を見たい(オカリナは聴くんだよな)方は是非いらっしゃい。いちみんの黒いTシャツが私だ。

遥かな日々

2015年  21日 15:16
棚の箱を整理していた時、原稿用紙を綴じた高校時代の自分の詩集を見つけた。その頃多感な私は北原白秋の詩を好んで読んでいた。同時に自分のやるせない思いを作詩の中で表現する事に熱中していたのを思い出す。
鐘つき堂の静けさは 若き尼僧の心意気
鐘つき堂の寂しさは 春知り初めし我が心

九州の田舎の、自宅近くの40段近い石段を登った所に鄙びたお寺と鐘つき堂があり、藤棚の下の縁台に座って物思いに耽っていた頃作ったものだ。綴じ込みも外れてボロボロになった白秋の詩集をいつも握り締めていた、多感だったあの頃が懐かしい。

静けさは若き尼僧では合わないのではないか、古き尼僧?老いし尼僧?・・悟りきった静けさを表現したい意思は判らないでもないが何か美しさに欠ける、若いだけに悟りきれない心をぐっと押さえ込む中に静けさを求める・・当時言葉に悩んだ跡が原稿用紙に薄くぼやけた文字に残っていた。青臭いけれどもう二度と戻れないあの頃の純真さが懐かしい。
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高校一年生 母と          鐘つき堂

白秋の一番好きだった詩は今も覚えている。彼独特の宗教的な神々しい情景が目に浮かんでくる。
 「白鷺」
白鷺は、その一羽  睡蓮の花を食み、水を食み  かうかうとありくなり。
白鷺は貴くて、身のほそり煙ゆるなり、 冠毛(かむりげ)の払子(ほっす)曳く白、  へうとして、空にあるなり。
白鷺はまじろがず、日をあさり、おのれ啼くなり、  幽かなり、脚のひとつに  蓮の実を超えて立つなり。