徒然日誌  零戦大型模型

2018年  17日 08:12
〇 今年の1月に本屋とかテレビでいつも、初回約300円でスケール1/18の本格的零戦模型が出来ると宣伝を行っていたので、当時スーパーの書店で調べてみた。30cm×22cm×3cm(H)の箱に部品が入っており、初回分は結構ずしりと手応えがある。勿論セロハン包で中は確認出来ないが、箱の表紙の零戦の写真も結構迫力がある。

 以前も紹介したが孫が戦時中の1/72の飛行機模型を既に50機以上作っており、私自身も戦中派で零戦には大いに興味があった。週に1冊と言うか1箱の売り出しで合計100回、当然2冊目からの価格で全体価格が決まるので2冊目を見てみると666円とある。これなら100回で約7万円位だからいいかと、既に発売されていた5回目迄を書店に取り寄せ依頼をしたんだ。

 数日して引取りに行き精算すると約7,500だと言う。えっおかしいだろ1冊目が300円、後の4冊分は税込でも約2900円、倍以上になるので店員に確認したら、2回目からは1冊:1,666円で税込1,799円と言われ、良く見たら1,666円を私が見間違えて666円と思い込んでいたんだ。そうなると完成時は約18万円の飛行機になる。

 この7500円を捨てたつもりでやめようかと思ったが、1回目が鉛製のずっしりしたプロペラから2回目がこれもずっしりした機首のエンジンカバー、やめようかどうしようかと散々迷いながら到々20回迄来てしまったんだ。

 販売元もやり方がきたないと思うな、最初に何となく作りたいと思わせる重みのある部品を提供し、その後からは普通の模型と同じ素材でのエンジンの内部とか小さな作業の連続、箱だけは最初と同じ物で中を開けるとほんのひと握りの組立材料があるだけ、1箱の原価は説明の冊子を含めてもせいぜい100円位のものじゃないかな。

 ただもうここ迄来たら止められない、何万も注ぎ込んだら中々止められない人の心理を良く突いているよな。だから途中で止められても損の出ないような原価の低い物から提供して行ってるんだ。書店に週一回受け取りに行く度に、未練がましくこんなもの買わねば良かったと愚痴ばっかり言っているので、店の娘に顔を覚えられてしまった。

 自分が決めたんだからもうグズグズ言うな、細かい作業がボケ防止になっているんだと、完成迄喜びながらやったらどうだい。完成品を孫にやると喜ばれるのだからそれが一番だろ、就職祝いの付録だと思えばいいんだ。

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   小冊子と入っていた箱              20箱分を組み立ててもやっとこれだけ。
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  各冊子には確かに当時の写真やら構造やら歴史が記されているんで読むと面白い。
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徒然日誌 違法ゴミ投棄犯人捜し

2018年  08日 12:41
〇 今朝は探偵の真似事をしてみた。以前少し話をした違法ゴミ投棄、この違法は我がマンション住民専用のゴミ置き場に、他の地域の住民が捨てる事を意味する。たかが一つ位受け入れてやれよと言うかも知れないが、この生ゴミが問題なんだ。

 マンションの住人は良識ある人達なので、袋も指定の黄色、生ゴミは出来る限り袋の中心に集めて、今迄鴉に狙われる事も無く網で覆う事をする必要も無かったが、3ヶ月位前から透き通ったビニール袋に正に生ゴミそのままや赤ん坊の汚物的な物を捨てる者がおり、生ゴミ指定日にはその袋だけが烏に食い破られて辺り一面に散乱、風の強い日は遠く迄飛ばされて、一度近隣の人に注意された事がある。

 組長に網をかける様進言していたが、昨日管理組合に確認した所では、網は既に準備されマンションの倉庫に入れてあるが、盗難とか指定日以外の管理体制が明確でない為保留になっていると言う。どこの捨て場でも網をしてない所は無く、網もそのままで別に問題は無いのに、ここは何を躊躇しているんだ。

 何時まで待っても拉致が開かないなら犯人を捕まえる以外に無いが、朝が早いのか夜遅く捨ててるのか、私が朝6時半位に散歩に出る時には対象のゴミは既に食い荒らされて鴉も居ないんだ。

 ある日たまたま組長が食い荒らされた生ゴミの中に病院の領収書を見つけたとの事で、苗字がタマノ」(一般的漢字だと解ったらしい。早速それを教えてもらい、今朝散歩に出た時に本来のルートでは無い道を進んでタマノ捜しを始めたんだ。

 長くなるので続きは次にするが、何で組長でも無くマンションの管理人でも無い私が犯人探しをするんだと言うと、網掛けが何時になるか判らない事、散乱したゴミを見るのが不愉快な事、それより何より違法投棄して他人に迷惑をかけても恐らく平然としているだろうこの犯人が私は許せない。

 最近は自分に関係無い事に無関心な人間が多くなったが、ボヤキの老人はそれが許せないのだ・・・本当は暇なんで何か刺激が欲しいんじゃないのかい。

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本日受領した更新免許証、金色の線はなんだと聞いたらゴールド免許だと。始めてなんで、ゴールド免許は全体が金色だと思っていたんだ。ゴールドは5年無事故、無違反、私は毎日運転しているのに立派だね。気をつけて運転して下さいと受け付けたおばさまに言われたね。

徒然日誌 大学OB会名古屋支部総会

2018年  27日 14:35
〇 ボヤキの話が続いたので平和な話でも・・・。昨日私の卒業した大学の経済学部のOB会(鳳陽会)名古屋支部総会に出席した。年に1回の開催だが私は3年前から出席を始め今回3回目である。今年の出席者は23名、3期を筆頭に10期の私は上から5番目である。

  今年の特記事項は卒業したばかりの68期2名の参加である、しかも一人は唯一の紅一点。最初は68期を68歳と聞き間違えてがっかりしていたが、未だ22歳のOB会としてはピカピカの一年生だ。男性も中々の好青年だったが、何しろ可愛い女性には敵わないよな。

 記念撮影が終わって、恒例の前年度事業・決算報告と今年度の事業計画・予算案の承認が終わった後は、早速に会食飲み会。同時に3期の先輩から始まった講演中に、若手のグループ席の声高の私語を先輩として注意、確かに余り面白い話では無かったが、エチケットとしてはもう社会人なんだから・・・だけど少しお節介だったかな。

 私の順番になったが話したい事は沢山あるけれど、こんな時の話は自己満足する様な話は駄目なんだな。話の切り出しから聞き手の心を掴む様な、問いかけるような話から始めて、後はその話の流れや場の雰囲気を確認しながら進めて行くのが一番いいんだ、50年も営業を続けているとその点の判断は、カラオケ同様持ったらマイクを離さない男の真骨頂だと自負しているよ。ただ焼酎のロックを結構飲んでいたので、席に戻った後、きちんと話が出来たのかなと多少不安にもなったけどね。

 お開きの前に全員で大学学生歌、高商時代の校歌、逍遥歌を歌ったが寮にも入らず最初から下宿し学校にも余り出席しなかった私は逍遥歌以外全く歌うことが出来なかった。本当に卒業したのか疑われても仕方ないな。そう言えば下宿を決めた時の面白い話があったのだが、次回の鳳陽会で披露するか。

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当時の経済学部と裏の亀山ザビエル教会(学部は移転し当時の教会は消失)
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懐かしい当時の経済学部校門前、この頃は背広で通学していたな。

徒然日誌 傘寿旅行④

2018年  13日 10:09
〇 岩村城址の続きを少し。写真を先に見せて全体を少し理解して貰った方が良いかな。
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この上に本丸  上から曲輪跡石垣
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石垣の崩落防止の補強の為に手前に石垣を何段も造っていったと思われる。信長も来てたんだ。   
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本丸には納戸櫓など二重櫓2棟多聞櫓2棟が石垣上に構えられ絵図の右側が埋門跡、手前一段下に長局と呼ばれる曲輪があり、その下の東口門が正門だったようだ。本丸場所内部に施設なく上の写真の様な広場だった様だ。奥の建物は昇龍の井戸。

 城址を下って岩村城下町並みを見学、ここはNHK朝ドラ「半分、青い」のロケ地となっているが、通りだけの様で個別の店は関係無いようだ。流石に五平餅の店は数軒あったが、串団子の様なものとドラマに出て来る平べったい物とがあり、観光客は平たい方に集まっていたね。町並みは昔のままの様な雰囲気で良いのだけれど、食事をする所がうどん屋一軒しか無く、結局は五平餅1個を食べてこの町にさよならしたんだ。
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女城主と言う酒の醸造所、中を見学した後辛口を一本購入。酒を飾っていた床の間の板は岩村城に使っていた床板と書いてあった。この店の前にカステラ専門の菓子屋があって、ここがカステラの発祥の店だと言う事で観光客で一杯だった。妻は土産に買っていたが孫達に土産として渡しだだけで私の口には入らなかったんだ。カステラは長崎の福砂屋が最初じゃなかったのかな。

 これで私の傘寿祝いの旅は終わった。孫の一人が風邪で長男家族が途中リタイヤしたのだけが残念だったが、事故も無く楽しい旅だったな。私は本当に幸せ者だ、これからも益々頑張ろうと思っているよ。誕生祝いに貰ったチェアーと昨日やっとテーブルが届いたので掲載。マッサージ機能が無いので椅子に掛けているバイブも妻が誕生祝いで買ってくれた。
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〇 私のパソコンにマルウェアと言う迷惑ウイルスが潜入している様だ。私のブログの管理人さんがパソコンに詳しいので直してくれると言う事で14日に持って行く。直るまでパソコンが無いのでブログはお休みする。

徒然日誌 傘寿旅行③

2018年  11日 10:23
〇 翌日6日も快晴、今日が私の80歳誕生日当日だ。いつもの様に朝風呂に入ってすっきりした後、未だ朝食迄時間もあるので窓から見える湖に突き出した岬の様な所迄妻と散歩に出た。行きはホテルから下りの道で案外近かったが、当然帰りは上りで肺気腫の私には結構辛かった。
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背景はダム湖で橋の下辺りが大井ダム。 恵那峡看板前  ホテル東館上から2階目右からの3部屋。

 岬の先端からホテルの娘や孫に連絡して起こしたのは悪かったが丁度問題が起きていて、長男の上の孫が39度近い熱が出ているとの事。結局、これからの行動も同行は無理だし早く医者に見せる必要もある事から下の孫一人を残して両親と先に返す事にした。(病院での診断ではインフルエンザでも無く扁桃腺炎症の熱だったが7日にも熱は下がらず8日迄会社の研修を休ませる事となってしまった。悪いことしたな)

 我々10名は予定通り遊覧船での恵那峡めぐりに出発、振動の少ないジェット船で天井まで伸びた窓から見える新緑の中の奇岩は見事なものだった。船内案内で両岸の岩の形から命名された説明を聞きながらの30分の周遊は素晴らしいものだった。
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軍艦岩や獅子岩や観音岩と船内の孫達。

 遊覧後に岩村城址に向かう、私は以前ある会の旅でこの城址には上った事があった。岩村城(別名霧ケ城)は日本三大山城(大和高取城、備中松山城)の一つで標高721mも山頂に築かれており、信長の叔母が女城主として治めていたのも有名である。

 前回は正面から上った為かかなり歩行がハードであった記憶があったが、今回は先頭車の娘婿がかなり細い山道を進み下山の車とのすれ違いには怖いと思った事もある位で以前とは違う道だと思われた。狭い道から駐車場に着いた時は本当にほっとしたが、そこは既に頂上本丸の直ぐ下迄来ていたんだ。そこから高い石垣の下を通って埋門跡に着いたが、当時と体調の違いもあってかこの短い坂道もかなり厳しく、最後の石段は私には崖みたいに感じたものだ。
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埋門跡        頂上岩村城址:何故か人物無しの同じ写真が消えてしまった、怪奇現象か
 
*3回で終わる予定であったが、この後回ったNHK朝ドラの「半分、青い」のロケ地でもあった岩村城下の町並みは次回照会したいのでお付き合い下さい。

徒然日誌 傘寿旅行②

2018年  09日 07:00
〇 恵那峡国際ホテルに着いたのが16時過ぎ、食事の予約は17時なので風呂に入るのは後にして各部屋で一旦体を休めた後食事處に集合、バイキング形式の食事なので私の祝賀会は部屋に帰って実施する事になった。ホテルの好意で一応テーブルは縦長に並べてくれていた。
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部屋から眺めた木曽川をせき止めて作っダム湖、遊覧船に乗って恵那峡を眺めるのは明日の楽しみ。恵那峡ランドも遠望出来る。

私は喉は乾いていたが疲れの所為か食欲は余り上がらない。若い者達は元気もいいし食欲旺盛、刺身から肉類から天ぷらと器に山盛りに持って来たが、結局私は寿司4個と小さな肉を3切れ食べただけでギブアップ。元々最近の家での食事も余り進まないからこれが普通か。

 瓶ビールから焼酎の湯割り一杯で食事を終え後は部屋に戻った後、ひと部屋に集合し長男の挨拶から二次会が始まった。娘が準備していた布製ローソク付きハットを被らされタスキも掛けられてなすがまま、全員がコーラスで「おめでとう誕生日」を歌ってくれた後乾杯し、一番年上の孫娘が代表となって感謝状を読み上げてくれた。

 ファイルの中には全員の言葉が寄せ書き風に纏めて貼ってあったので、私は一人づつの文章を読み上げた上感謝の言葉を言ったんだ。最後に贈呈品の目録を渡され、それには折りたたみ椅子とテーブルと書かれてあった。最近は足腰が弱って立ち上がるのに苦労している話を妻から娘が聞いており、全員に図って決めたとの事だった。

 感謝感謝でホロリと行きそうな所で、四日市で勤めている次男の上の孫が徐ろに一升瓶を差し出し、「この酒は而今(じこん)と言って滅多に手に入らないものだけど、今日の為に人に頼んでやっと手に入れました」とこれまた泣かせる話。早速に頂こうと孫の了解も得て飲める人全員に注いで回ったんだ。実は妻は昨年傘寿、何も祝い事をしていなかったが、この機会に娘が自分でレース編みしたベストを進呈してくれたんだ。

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 ケーキを前にしての晴れ姿。   この頃はこんなファイルも売ってるんだ。
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自動シャッターで撮したので妻だけ真顔。而今と照れくさい感謝状。、

 アルコールが回るに従って営業時代の癖が出て場を仕切るのが好きなんだな。大人しい孫もいるんで声を掛けては近況の話や面白い話、仕事の話やらを引き出しては笑いに持って行く、和やかな雰囲気作りは私の得意とする所なんだ。

 適当に飲んでひと風呂温泉に浸かって早々と床に入ったが、騒がしい声で目が覚めもう朝かと思って時計を見たら未だ1時過ぎ、同室の孫二人を含めて若い連中は今迄卓球を楽しんでいたようだ。元気がいいけど明日はちゃんと起きろよ。

徒然日誌 傘寿旅行①

2018年  07日 10:00
〇 5日6日と我が家族フルメンバーで私の傘寿祝いの旅を企画してくれた。4日の天候も悪く7日の今日も雨、私の為じゃ無く家族の祈りが通じて、これからの2日間神様が祝福の陽ざしを与えてくれたのかも知れない。

 我が家に泊まっていた娘家族4人(夫婦は大阪から孫娘2人は東京から)、長男家族4人(長男は勤務先の千葉から、上の孫は稲沢の研修先から)次男家族3人(上の孫は下宿先の四日市から)の合計11人に私と妻合わせての13人が快晴の中を3台の車に分乗しマンションを出発した。勿論今日は私の運転は無い。

 連休終盤で高速の渋滞も心配されたが目的地の恵那峡に向かう中央道は全く渋滞は無く左右を流れる緑が目に痛い。今日のスケジュールは宿泊の恵那峡国際ホテルに行く前に昼食後13時からホテルに近い恵那峡マレットゴルフ場で、マレットゴルフ{起伏のあるコースをスティックで野球ボール位の木のボールを打ってコースを回る。36ホール(全長1,328m)(パー36×4=144)}を3人づつ4組での競技だ。足の悪い妻は写真係としてのんびり付いて回る事とした。

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スタート前に全員の記念写真。     長男の嫁の華麗なフォーム・・空振りか?
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1組:私・長男孫・次男孫 2組:長男・嫁・孫娘 3組:次男・娘・次男孫 4組:娘婿・孫娘2人

 パー3からパー5迄、上り坂あり、下り坂あり、曲がりあり、障害あり、OBあり、球を上げる訳ではなく転がすだけだからコースが平坦ではないのでどこに行くのか判らない。100mもある坂のコースでは力一杯打っても坂の途中から下迄転げ落ちるケースもある。年寄りには結構タフなコースだ。

 27ホール目が終わってゴルフ場の終了時間も間近く、疲れもピークに達したので私の独断で終了したんだ。変に力んでもいけないし楽しむプレイをと賞品は無しと決めていたが、スコアの結果としては1位は長男の120(パー108)、2位は125の次男、3位は129で3人(長男嫁、娘婿、私)となり、ビリは159の次男の上の孫だった。孫娘2人は未だ回りたかったと言う位本当に楽しかったね。日焼けを気にしていた子もいたけどね。後はホテルで夜の宴会が楽しみだ。

徒然日誌 大学鳳陽会中部ゴルフ大会

2018年  01日 08:15
〇大会と書くのは少し照れくさい、参加者8人で2組の大学中部鳳陽会ゴルフコンペ(養老CC:狭い山岳コース)に1年振りに参加した。私自身、肺気腫の症状が余り良くない状態にある上に、昨年10月20日に鎌倉の兄貴とお互いの息子同士、湘南CCでプレイして以来の今年初ゴルフとなる。1ラウンド回れるか不安もあって、幹事にはゆっくりと回れる人と組み合わせして欲しいと頼んで参加申込をしたんだ。 

 28日の当日は晴天、無風のこの上ない上天気。同じ組は3年先輩で最年長のM氏とI君54歳、N君59歳の中堅だ。勿論先輩と私の二人だけゴールドから・・・カートは先に行ったらいかんぞと先輩面して申し渡した後スタート。

 流石に若い者は良く飛ぶが私の最初のドライバーショットも不安無く当たって上々のスタートだった。だがそれからが問題、フェアウェイウッドが上に上がらずちょろちょろと地を這うばかり、最初にミスショットすると後は全て駄目ショットばかり。今迄飛ばないからOBにならないスタイルも崩れて、当たった時は横に飛んでOBになる始末、珍しく2発もOB打ってしまった。

 インスタートからダボダボと続きOBした所は+4と冴えないゴルフだったが、パーは一つも無いのにインのスコアは52。昼食はビールも飲まず、アウトで棄権する事の無い様に注意怠り無し。ファエウェイウッドは兎も角、ショートアイアンは往年に近いショットで若手から「昔は随分やられていたのですね」と言われ多少プライドは保てたかな。

 確かに若手は寄せが下手だね、結局私はアウトも52で回りトータルグロスは104、何と驚くなかれこれがベスグロで、優勝のおまけまで付いて来たんだ。昔に一度優勝しているのでこの会では二度目となる。「卒業生に送っている会報(鳳陽)にはネットしか報告したら駄目だよ」と幹事には釘を刺したが、全国で会報を見る同期の連中も「城の奴未だ元気にやっとるな」と思ってくれるだけでもこの優勝は価値があるんだ。

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養老CC              荷物になるので誰も持ち帰らない持ち回りの優勝カップ。
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全員の記念撮影。 10番ホール。     一組の I君、M先輩、小生、N君

徒然日誌 138タワーの鯉のぼり

2018年  29日 18:09
〇 朝、妻が「138タワー公園に鯉のぼりが沢山泳いでるそうだから見に行かないか」と言う。どうも新聞に載っていたらしいが、四万十川とかどこかの海岸とかに、家庭で不要になった鯉のぼりが何百匹と泳いでる話を聞くので、公園の広場か木曽川をまたいで悠然と泳ぐ鯉のぼりはさぞかし見ごたえがあるだろうとカメラを用意して早速出かけたんだ。

 河原に降りるのは後にして、まずは138タワーの上から全体の写真を撮ろうと二人で500円のエレベーターに乗って上空へ・・・えっ・・・窓から下界を見下ろしたけれど・・無い・・鯉のぼりなんて一本も翻っていないじゃないか・・・

 「お婆さん、(これ私の妻)・・日にちを間違えたんじゃないのか、一匹もいないよ」と声をかけると妻は一生懸命窓の下を指差している。あっ居た!鯉のぼりが下の地面を泳いでいる、最初は何を言っているのか解らなかったがその鯉のぼりが次の写真だ。

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 木曽川の両岸を挟んで川の上を優雅に泳ぐイメージは消えてしまったけれどこれも鯉のぼりだよね。良く見ると中央部分がウロコの様に動いているんだ。

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 下で見ると、これ何だろうと思うけれど、上から見た時ウロコがそよいでいる様に見えたのは、胴体一杯の小さな鯉のぼりが泳いでいたんだ。タワーから見る様に作られたタワーがあってこその鯉のぼり・・・いいんじゃない。

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折角来たんだからと川を挟んだ岐阜方面の写真を撮った。正面の遠くの山は金華山、曇りながら信長の居城だった岐阜城も、肉眼で何とか見えたんだ。

徒然日誌  JR貨物

2018年  27日 13:06
〇 新潟にJR貨物の新入社員研修に行っていたが帰って来て、直ぐに稲沢での研修に今行っている。それが終わって5月の連休明けに配属が決まるらしい。自宅から通える場所であればいいが、こればかりは何とも言えない。

 昨日、研修の一環として貨物電車の運転席に実務の見学として乗り込むとの連絡があった。我が家の近くの踏切を16時頃に通過するよとの事から、爺、婆揃って15時40分頃から踏切横に待機、カメラを持って撮影角度を色々と模索してみた。車も通れない小さな踏切、日頃は余り気にもしない沿線の草が視界を邪魔するが今更どうしようも無い。

 踏切で車に乗って待つ時には、貨物が通ると長すぎるよとブツブツ言うのだが、これからは可愛い孫が運転しているかも知れないと我慢する事は間違いないだろうな。ここの踏切はJRと名鉄が4本並んでいるので結構通過本数が多い。通る度に遮断機が下りて警報が鳴る、今更ながら直ぐ傍の家はたまらないだろうなと思ったね。

 時間が来る前に既に上下合わせて6本の電車が通過したが、16時迄間があると思った15時55分に貨物電車がやって来たんだ。大慌てでシャッターを切ったが運転席なんか見る暇無くて、あっと言う間に通り過ぎてしまった。妻も中は見えなかったと言うし本当にこの電車だったか判らないのでもう暫く待つ事にした。そしたら16時10分頃に又貨物が来たんだ。

 貨物列車ってこんなにスピードが早かったかな、これ又あっと言う間に通り過ぎて、運転席の中も何も見え無いし写真も上手く撮れなかった。帰るにしては後ろ髪を引かれる様で、暫く次に来ないかと待って見たがもう来なかったね。研修中なのでメールも出来ず、果たしてどちらの列車だったか不明ながら、親バカならぬ爺婆バカのお粗末なお話でした。

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  これが15時55分通過の貨物電車の頭と最後尾
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  これが16時10分通過の貨物電車の頭と最後尾

 後で確認したら16時10分通過の電車の方で、電車の方からは我々が良く見えたそうだ。妻が手を振っていたのもね。孫の言う事には運転手の先輩に後でこの話をしたら、先に話してくれてたら警笛位鳴らしてあげたのにと言ってくれたそうだ。有難いねぇ、本当にそうしてくれていたら万歳くらいしていたのにな。