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私の生涯日誌 その170

2020年  06日 08:15
2016.07.12の記事を転載

 五ノ三交差点近くの飲み屋には、共英製鋼お専務も通っていた。専務は単身赴任だったから少し色っぽいママさんに時々会いに来てたのだろう。まさかこんな所に我々が来るとは思っていなかったと思うよ。多少バツの悪い顔はしていたね。

 中日特殊鋼には先輩の栗林常務(旧入丸)が居たが、野村社長退任後本来彼が社長になる予定だった。本社に行き場のない者が居るとか居ないとかで、いつの間にかこの話はお流れになり、就任したのが山崎社長(旧大鋼)だった。未だこの頃までも旧会社意識はあったのだろうか。そう言えば亡くなった砂堀君の奥さんが中特に入社していた。これは面倒をみてやろうとの会社の暖かい気持ちだね。

 仕事の思い出と言うより新日鐵に行く途中の、木曽川支流の筏川東岸用水路に沿って植えられた桜並木は見事なもので、春には満開の桜のトンネルを走るのが素晴らしく、会社を退社した時に一番最初に思ったのが、あの桜がもう見られないなと言う事だったのも可笑しな話、他にもっと思い出になる事は無かったのかねぇ。

 そう言えば前記の飲み屋以外に工場を出て表通りに出た直ぐの角に、それこそ「五ノ三」と言うスナックがあって良く行っていた。そう言えばこの店の私好みの子からおさだたいじ」の「十年と言う歌を教わり今でも歌っている。道ならぬ恋をしている女性がいつの間にか10年も付き合ってしまったがどうしても別れられないと言う歌だ。

 何故歌の内容迄言ったかと言うと、私も人が悪い所があって、スナックとかでいかにも夫婦では無いと思われる年齢差のある二人連れが居ると、この歌を歌っちゃうんだな。羨ましいって言う訳じゃないよ、判ってるよ・・・とついつい言いたくなる悪い性格だ。おさだたいじの歌は「妻あるあなたに」だけしかないと思っていたがこの歌は誰も知らなかったね、いい歌だ聞いてごらん。それにしてもあの娘は今どうしてるかな・・・そうだ娘じゃない子供が居たんだった。

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 孫達のいい笑顔に救われてたね。
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 全員20歳の時、上の写真の順番。最近の写真は1月1日と1月4日のブログに。
〇 今朝方、嫌な夢を見た。断片的にしか覚えて無かったが目が覚めても不安が残る夢だった。不愉快な気持ちで妻に話をしたら、勿論同じではないが妻も嫌な夢を見たと言う。新型コロナの夢では無かったがどうもコロナ騒ぎで精神的にも疲れているのではないかと判断した。

 特に私は糖尿病、高血圧、肺気腫と病を持ち、新型コロナに感染したら10日も持たないだろうと自虐的に観ている体なので、脳が敏感に感じ取っているのだろう。新型コロナに関するニュースは連日連夜、テレビや新聞紙上を賑わしているので今更話す事も無いが、経済崩壊を考え過ぎて安倍首相は緊急事態宣言を出せずにいる。人の命を考えるのが第一だろう、緊急時に即対応できる首相であるべきなのにその能力が無い事を露呈してしまったな、今迄が平和過ぎたんだ。

 全世界が大変な状態の中で各国が対策に追われ、収拾がつかない状況の中では経済の崩壊も既に始まっており、終息しない限り対策など考えても仕方がないだろう。そして今、最も対策を考えねばならないのは医療危機対策ではないのか。抗ウイルス薬として富士フイルム富山化学の「アビガン錠」がドイツからの発注で脚光を浴びてはいるが未だ完全な物とは言い難く、このまま推移すれば世界的にも医療崩壊が起きてもおかしくない状態だ。

 医者は、看護師は、病院でのベッド数は、人工心肺装置は・・・等々うなぎ上りの感染者数の増加に比して、既にして限界に近いとも言える状態にある。膨大な感染者がいる米国、イタリア、スペイン等に比べたら、正確かどうかは兎も角日本の感染者数は極端に少ない。だがこれも一歩間違えばあっと言う間に世界の医療危機の仲間入りをし兼ねない。

 安倍さんは国内全家庭に2枚づつのマスクを配布すると言っているが、これに要する費用の200憶は医療関係の対策費に充てる方が効果があるのではないのか。姑息な事をしている暇があるのか。今は国民の命第一なんだよ。極論から言えば、最初冗談とも思える人類の半数は新型コロナで絶滅すると言われた話が、真実味を帯びてきた今日この頃、私の今朝の夢はその前兆かも知れないと思える様になってきた。本当に、冗談抜きに怖い話だ。

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 今年は花見も行けず、ベランダの鉢植え陽光桜で済ます事にした。
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 カランコエにシクラメン、今年のベランダは実に淋しい。
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今日はすごく暖かかった、近くの石刀神社の桜を見に行ったので追加。

私の生涯日誌 その169

2020年  03日 08:20
2016.07.11の記事を転載

  日常の出来事やぼやきの記事を書くのは至って簡単だと思うが、過去の出来事や状況を書くとなると私の記憶力では中々難しい。こんな事なら一行書きでもいいから日記でも書いていたり、アルバムにも記録を残しておけば良かったと思うが後の祭り、この平らになった脳みそのシワを寄せて行く事が出来たらと苦心している。

 自分の事だと少々間違っていても誰も判らないだろうと・・・それでも少しは迷っているが・・他の人とか会社の話になると、絶対間違ったらいけないと当時の関係者に確認したりする。きちんと記録に残してくれてると大いに助かるが、どうしてもその人中心の話題となる。

 比較にはならないだろうが小説、特に歴史小説を書く作家には感心するね。小説だから多少の作家の進め方で真実と変わる事があっても、やはり膨大な資料を集めて真実の中から自分の方向性を決めて行く。私の単純な生涯日誌ですら、記憶が曖昧な時代が来ると簡単に通り過ぎようとする。そして後でかなり重要な事を思い出すと、これをどうしようかと悩んでしまうんだ。

 生涯日誌と言うこの大きな課題で始めた時は、進んで行く内に何とかなるだろうと思っていた為、準備が疎かであったが、現在に近くなりそれなりに私の生き様を知った人もいると思うと、迂闊には書けないなと思うようになったんだ。「毎日読んでいるよ」「中々面白いから続けなさいよ」と声を掛けられると、嬉しさもあれば小説では無いだけに尚一層気持ちに負担が掛かる時もあるんだ。

 多少弱気発言になった。幕間記事を書いた後に本題の記事に入って来る時が、一番精神的に重たい時かもしれないな。これではいかん、少しは前に進んでおこう。

 MMIでの生活では、気心の知れた越智取締役との仕事は順調に問題なく推移していた。殆どが新日鐵名古屋製鐵所に行く事が日課となっていたが、MMIの敷地の中にはNSの系列会社の中日特殊鋼㈱(後の日鉄商事特殊鋼販売㈱)の事務所・倉庫があり、当時は山崎社長が在任中で、NS時代から仲の良かった藤井君も居たんだなぁ。

 彼とは時々五乃三の交差点近くの飲み屋に行った。ここは面白い作りになっており店の中が半分に仕切られて、一方はカウンターの居酒屋、一方はボックスのカラオケ専用。藤井君は酒は弱いが歌が好きでね。歌に釣られて付き合ってくれる事が多かった。彼の十八番はビリーバンバンの白いブランコ、顔に似合わぬ甘い声だ。

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妻のちぎり絵、 前にも載せたが季節物が他に無くてね。面倒で探さなかったのが本音。

私の生涯日誌 その168

2020年  01日 08:15
2016.07.09の記事を転載

MMI在籍中にはかなりの台数のクレーンを納めたが、先にも書いた西電工機を蹴落とす手段として、購買はもとより各現場サイドにも、丁度噂が出ていた西電の経営不安の情報を利用させて貰った事は事実だ。

MMIのクレーンの技術評価は元々高く、西電のクレーン技術が劣る事は周知の事で、それだけに価格勝負をしてきた会社であったが、流石に悪い噂が流れると効果覿面、引き合いは一挙に減ってMMI/NSが有利な展開になったのは事実だ。誰だ卑怯な手を使ったと言っているのは・・・だけど噂が広まったのは会社自体の問題で、私は営業では正々堂々の勝負をしていたんだよ。

家の方では8月に娘家族と永平寺のお参りから片山津温泉泊まりで若狭観光をしたね。夏休みには3家族が集合し、9月には尚宏の3歳の誕生日、10月には美穂の1歳の誕生日に一升餅を背負わせる名古屋独特の行事を行った。

11月には若松の妻の実家で義父の37回忌の法要に参列し、久振りに中学時代の同級生の日高君と宮地岳神社にお参りしたり、博多に行って昔住んでいた友泉団地に行ったりして過ごしたんだ。

今日は高校同窓会中部支部総会へ参加。その為に遅延。

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 永平寺へ。
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 片山津温泉旅館                   若狭観光遊覧船巡り
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 夏休みには3家族集合               尚宏3歳誕生日
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 美穂一歳誕生日、恒例の1升餅背負って。          妻の里、兄姉揃って。
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 妻の姉の旦那と精進明け。            憲と宮地岳神社
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 日本海海戦記念碑前で。          昔の友泉団地へ。取壊し前のゴーストタウン

私の生涯日誌 その166

2020年  30日 08:26
2016.07.08の記事を転載

新日鐵名古屋製鐵所で私が営業して回ったのは、

設備部:設備技術企画Gr、設備管理Gr、製銑設備技術Gr、製鋼設備技術Gr、機械技術Gr、熱延・厚板・鋼管設備技術Gr、計測・自動化技術Gr、冷延・メッキ設備技術Gr、中央整備課、工事管理課機械工事管理課、工事管理課電気計装工事管理課、保全技術Gr、制御技術課、保全技術プロジェクト、銑鋼システム制御技術GR、圧延システム制御技術Gr、土建技術Gr、機械・土建技術室、制御システム管理課、プロセス技術Gr、エネルギー技術Gr。

生産技術部:設備・開発調整室、生産システム企画室、生産技術室。

製鋼工場:製鋼設備課、炉材技術Gr、製鋼体質強化Gr、連続鋳造課、製鋼企画Gr、特殊鋼課。
薄板工場熱延課、薄板総合企画Gr、熱延設備対策Gr、薄板設備課、冷延課、薄板自動化対策Gr、製品検査課、亜鉛メッキ課、品質管理課。
厚板工場:厚板課、厚板企画・開発Gr、厚板設備課。
薄板部錫メッキ工場:錫メッキ体質強化Gr、錫メッキ設備課、鋼質課。
冷延部 冷延工場
製銑工場:製銑設備課、製銑技術Gr、コークス設備課、高炉課、電気計装設備課、コークス課、原料設備企画Gr、還炭ガス精製課。
鋼管工場:鋼管課、中径菅課。

品質管理部:薄板管理室、品質保証管理室。

その他:技術開発本部名古屋技術研究部、工程業務部購買室、総務部、東海テクノリサーチ。

等々、上記製鐵所構内各部所を訪問し、ワークした名刺は今残っているだけでも約300枚はある。当然構内設備においては、太平工業等の構内設備業者も関係してくるので、その人達を合わせると180枚を上乗せする位になるだろう。今日はこれだけ、結構頑張ってたんだよ。

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 記事が硬くなったので孫(美穂)の写真で誤魔化そう。額が広いのは祖父母ゆずり。

私の生涯日誌 その166

2020年  28日 08:06
2016.07.07の記事を転載

 MMIでは本社営業グループリーダーの肩書きで新日鐵名古屋製鐵所専門の営業活動を行った。当社クレーンの製鐵所窓口商社は日鐵商事(NS)である。製鉄所の設備機器購入形式では、大きな金額物件は全て新日鐵(NSC)本社契約となり、クレーンで言えば1億を越える大型物件は本社契約が多く、競合メーカーもIHIとか住友重機等となる。但し設備計画は全て現地の製鐵所で企画検討され、本社での入札形式となっても、仕様関係等現地での営業活動がメーカー指名に近い状態に迄持ち込むのである。

 常日頃の接点の中で何が計画されているかを掴む為に、構内各部所に顔を出し企画・設計の協力迄させて貰う事が第一となる。現地発注となる小型クレーンは当時メーカー西電工機が幅を利かせ結構実績を上げていたが、購買から引き合いが出ない限り、見積りの競争すら出来ない。小型クレーンの方が件数も多く勝負も早い点、ここからの攻略が必要となった。

 まずは工程業務部購買室への我が社の認識度を高める営業、この部所はNSBAC時代から親しく出入り出来る状態でもあり、これだけでも楽である。構内の各部所もNSBAC時代の担当者等多く後は扱う商品の違いを認識して貰うだけだ。

次は設備部部長、生産技術部部長、製鋼工場長兼部長、薄板工場長兼部長、厚板工場長兼部長、鋼管工場長兼部長等トップクラスとの面識を得ると、各部の枝分かれした組織、グループのリーダー、マネジャーと親しくなり、更には係長、主任、担当とこまめに接点を深めて行く必要がある。古い話ではあるが当時の製鐵所の方々の氏名は伏せさせて戴くが、ここでもNS東海在の平野部長に協力して貰ったのは事実である。

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 MMI本社事務所     サブの女性本田さんはテキパキと仕事をこなす素晴らしい人だった。間に見えるのは乙部君。  
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 新日鐵名古屋製鐵所の当社工場立会 中央設備部Y係長

私の生涯日誌 その165

2020年  26日 08:16
2016.07.06の記事を転載

 平成11年を迎えた1月、二男宅に男の子が生まれ彰人と名付けられた、今度は慎重に育てて欲しいと願ったものだ。これで孫の総計は6人、実は現在に至る迄孫はこの6人で終わったんだ。これでこの子等が就職する迄続くお年玉や誕生祝い等、この6人分だけで済むと思うとほっとしたもんだ。

 さてこの年の私にとっての大きな出来事は転職である。一年延長したNSBACの勤めも6月末で終わる事から、それとなく各関係先へ挨拶をし始めたが、ある日MMI(旧宮地鐵工所)の越智取締役より、MMIに来て欲しいとの誘いがあった。

 越智氏は以前にも話していたが私のNS勤務時代には公私共に色々と世話になった方で、丁度私がNSを退職した平成5年に、当時のMMiの社長との折合いが悪く、同業のクレーンメーカー菱栄鋼機に転職していたのだが、その後社長が代わった平成10年に又MMIに戻って来ていた。

 彼は私の退職情報を聞いて、MMIが昔は新日鐵名古屋製鐵所に実績があったのに、現在全く引合すら無い事から、対名古屋製鉄所営業に協力して欲しいとの依頼であった。

 NSBACにはあと2ヶ月間の勤めが残っていたが、どうせなら早い方が良いだろうと早速NISBAC本社に行き、鎌刈社長に4月末退社したい希望とお詫びの挨拶を行った。次の就職先を聞いた社長から「越智さん上手い事やったな」との言葉を聞き、これは私を評価していたと考えていいのかなと、この一言で私としては気持ちの良い退社となった。当時の年寄りは石をもて追われる如くと言うのが多かったのでね。

 MMIには5月1日付で入社した。4月30日にNISBAC退社だから1日の余裕も無かった。MMIは既述の如くNSの子会社になっており、社長は新日鉄からNS本社に出向していた渡辺常務が兼務していた。同社にはNSからの出向者が何人か居たが、私は出向ではなく入社したのである。

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 平成11年正月60歳、一枚位真面目に。そろそろ必要な時期かな?
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 1月8日珍しく名古屋に雪。             彰人お宮参り。
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 美穂百日お祝い。                  お雛様
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 優介(右)幼稚園生活発表会、昔の学芸会。   佳奈小学校入学ピカピカの一年生。
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 孫達ばかりなんで、大江川の花見にひっそりと。

徒然日誌 春場所大相撲

2020年  24日 08:27
〇 無観客でしかも力士に一人でも新型コロナの感染者が出たら、その時点で即刻中止条件下での大相撲春場所、無事白鵬の44回目の優勝で幕を閉じた。途中千代丸の高熱もあったが検査結果はコロナ感染ではなく、関係者一同さぞほっとした事だろう。

 無観客場所など過去一度もなく、力士達も張り合いのない取り組みに戸惑ったと思うが、反って力みが無く活躍した力士もいたのは面白い現象だった。森閑とした場内に力士の叩くまわしの音が異常に響きいつもと違った雰囲気もある。以前にも白鵬は前場所休場し休養しては優勝する、横綱は楽だなと書いた事があったが、この静かな場所で千秋楽は横綱同士の優勝決める取り組みとなり、締めくくりを盛り上げたのは若手ではなく矢張り横綱だったのも救いだったと言える。

 協会としても初体験であり、観客の入場収入も無く恐らく放映権だけだったと思うが、良く実施に踏み切ったと思う。全国各地からの応援メッセージに開催された事への喜びが溢れており、新型コロナの為に色々なイベントも中止となり外出まで自粛する状態の中で、協会さんヒットだったよご苦労さんだったね。

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 無観客での本場所土俵入り、初めてだったけど記念になるね。両横綱、出場してて良かったね。
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 初日の協会ご挨拶。土俵両側に東西力士が立ち並ぶのも初めての事。無観客は何か異様だね。
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①千秋楽、炎鵬は負け越したが今場所も闘志溢れる相撲を展開。②朝の山は大関貴景勝を下し11勝、大関昇進を確実にした。③④12勝2敗の横綱対決、白鵬が鶴竜を下し優勝。モンゴル横綱二人では少し寂しいね。
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千秋楽協会理事長ご挨拶も力士全員整列。相撲史に残る光景だね。 続いての白鵬優勝表彰式。
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千秋楽恒例の来場所から番付に載る出世力士手打ち式と神の宿る御幣を持った十両格行司を空に向かって胴上げし土俵の神様を天に送る「神送りの儀式」。千秋楽には毎場所行われているがテレビ放送では初めて見た。昔は審判の親方がやってたらしいが落としそうで危険なので変えたそうだ。
〇 私の写経も2020年3月20日で丁度3000枚となった。8年と80日、この80日は今年の1月1日より数えて丁度80日目でもある。2020年の0、3月20日の0、3000枚の0、80日の0と最後の数字が全て0で揃うのも珍しい。この写経の目標は家族、親族の健康と幸せを願っての10年間の3,650枚なのであと2年はない、達成したあとをどうするかその時になったら考えよう。

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〇 新型コロナウイルスの感染は世界保険機構から11日にパンデミック(世界的大流行)となったと発表され、連日世界各国の感染者数と死亡者数が報告されている。この感染者数、死亡者数の最近の中国の報告は誠におかしい。

 このウイルスの発症地とされている中国の2月2日の感染者数:14,380人(死亡者:304人)が2月末:感染79,251(+64、871)死亡2,835(+2,531)、3月10日感染80,754(+1503)死亡3,136(+301)となっており、続く10日から20日迄の10日間の感染は僅か+213、死亡+112となっている。

 抗ウイルス薬未完成の中で、この10日間の数字は不思議としか言いようがない。既に3月10日の数字辺りから手心を加えて来たきた形跡が感じられる。因みに最後の10日間の諸外国の数字は、イタリヤ:感染+31,863、死亡+2942、スペイン:感染+18,373、死亡+967、米国:感染+11,664、死亡+169、イラン:感染+11,602、死亡+1,142等々軒並み膨大な数の増加が報告されている中で、中国の数字は極端に少ない。

 感染予防に専念し減少したのであれば喜ばしい事ながら、その対策の情報も全くない。中国は中央政権の指図通りに動く絶対服従の国であり、今回の発症が自国である負い目から、膨大な感染増加は絶対にあってはならないとの中央の考えに従ったもので、極端に0にすると怪しまれるとの数字の表れであろう。

 現実は恐るべき数字になっているだろうが、国民14憶人の中では微々たる数字と思っているのかも知れない。また、現在の感染者数は全て海外からの帰国者だと言い張っている。ただ今は全ての国が正直な数字を出して、いかにすべきかを真剣に考え対処して行かねばならぬ地球存亡の時であり、小細工をして有利になろうとする考えなど成り上がりの小国のする事だぞ。

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    我が家のベランダの陽光桜が5輪以上咲きやっと開花宣言。
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 ちぎり絵も参加、コロナ騒ぎをよそにして春は来ています。

私の生涯日誌 その164

2020年  20日 08:25
2016.07.05の記事を転載

 平成10年の正月には全員が揃った。家族が次第に多くなってくる。4月には長男の息子尚宏が保育園に娘の孫達は国分寺の幼稚園入り、長男の嫁は次の子の帯祝いを済ませた。

 この年の5月6日に私は60歳の誕生日を迎え長男、二男、娘夫婦が揃って10日から11日迄1泊二日の御岳行き還暦祝い旅行を計画してくれた。妻は本当は去年が還暦だったが一緒にお祝いして貰った。有難いねぇ。

 私の日鉄商事情報システム㈱の定年は6月末であったが、5月の段階で鎌刈社長から定年を1年延長出来ないかとの問い合わせがあり、私も別に予定も無かったので了解した。同時に私の仕事を引き継ぐ目的で伊藤英城君がNS名古屋支店から配属されて来た。

 仕事は伊藤君に移譲しながら行事としては5月にNS名古屋支店の社内ゴルフコンペに参加したり、山大の中部支部会ゴルフに参加した。7月には妻とひるがの高原牧歌の里に行き、8月には娘や孫達が夏休みで東京から遊びに来ており、9月には尚宏の2歳の誕生日のお祝い、10月に尚宏の保育園運動会、一週間後に長男宅に孫娘が誕生して美穂と命名され尚宏はお兄ちゃんとなった。

 11月の七五三は娘の子、佳奈7歳、知奈5歳が今年も稲沢の国府宮でお参りし、二男の息子優介も国府宮で5歳のお参りをし、同じく11月には美穂のお宮参りを真清田神社で行った。嬉しい事ながら忙しい忙しい

 12月のクリスマス会から年末恒例の除夜の鐘を聞きながら0時の新年を迎える。10年も大きな問題もなく孫が一人増えて5人になり良い年だったと思うよ。平成10年の1年間を1日の記事で終わらせたのも凄いね。

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 新年:娘がカメラマン。        10日:お千代保稲荷お参り
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 尚宏保育園                 佳奈・知奈:幼稚園
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 御岳還暦祝旅行
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 二人共還暦                     乗馬も経験
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 尚宏2歳誕生日            ひるがの高原牧歌の里
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 知奈・佳奈:七五三          優介も5歳七五三
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 美穂のお宮参り。
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 クリスマス会                 初めてのお屠蘇、真剣です。
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 前列左から:森、林、?、松村支店長、西田、岩田、大野、私 後列:園、寺儀、?、伊藤、藤井、渡辺、?、亀井、石津、久保田