FC2ブログ
 我が家や兄達の家には何の被害も与えなかった台風19号は、20日現在12都県に80名の死者と11名の行方不明者を出す最悪の台風となった。事前に大型台風の情報は流れていたが、これ程の豪雨をもたらすとは誰も考えていなかったのではないだろうか。 

 この豪雨は関係各地の河川の増水、氾濫、土砂災害をもたらし、特に河川の氾濫が人命を奪い家屋に莫大な損傷を与えた。台風が通り過ぎた後も、前線が停滞し各種低気圧で雨が続き弱り目に祟り目となってしまった。台風は毎年来るので皆当然の様に思い込んでいるが、最近は温暖化の進行により海水温が上昇し、降水量が増えて台風が頻発しつつあることに留意すべきだろう。

 サンマとかイカが取れなくなったとか言っているが、原因はやはり温暖化による海流の変化が主たる要因だ。先月の国連気候行動サミットで国連の求めに応じて、2050年迄に温室効果ガス排出を実質ゼロにする目標を掲げた国は77カ国になったと発表されたが、日本は米中に合わせその中には含まれない。

 広大な土地を持つ米中は少々の災害が起こっても影響は少ないだろうが、温暖化の影響でこの狭い日本に今後継続して自然災害が発生し、更には海水が増え土地が埋没して行くのは遠い未来の事ではない事は明らかだ。

 欧州やカナダが廃止に向かう中、温室効果ガス排出量の多い石炭火力発電所の建設計画の多い日本に批判が集まるのは当然だし、長い目で見れば自分で自分の首を絞めてると言わざるを得ない。安倍首相はこの会合には出席せず小泉環境相に任せていたが、彼には発言の機会さえ与えられなかった。

 気温上昇は現状のままでは、今後3度前後上昇する事が見込まれている。日本としては強い危機感を持ち、今回の台風被害も、もっと深刻に受け止める必要があるのではないだろうか。格好つけて被災地を回り、援助を約束する位では追いつかなくなるんじゃないの安倍さん・・・そうかその危険な時はもう君は居ないのか。

2017_0727ocn0010.jpg
  曼殊沙華

私の生涯日誌 その114

2019年  20日 08:20
2016.05.07の記事を転載

 暫く家庭の話が続くが、今回は昨日の長崎行きの前の話になる。久し振りに妻とどこかに行こうかと言う事になり、妻の希望で北海道に初めて行くことになった。2泊3日の予定で宿は2日共定山渓温泉にある松下電気産業の保養所を松下勤務の娘の関係で利用する事が出来た。

 レンタカーを借りて、保養所を起点とする一日で周る観光地を決めると範囲が限られてしまい、結局札幌~支笏湖~美笛峠~洞爺湖~有珠山~昭和新山~苫小牧海岸~北海道大学~石狩海岸~積丹岬~札幌~道庁~小樽~千歳と近い範囲を行動しただけになってしまった。知床、網走、宗谷岬、函館は又の機会にと思ってね。

 旅での思い出の一つは、小樽から定山渓の宿に戻る峠の道は夜になると街灯など全く無い真っ暗な道、すれ違う車は一台もなくただただ暗い道が続くだけ、気味が悪いなぁと言ってたら左手の山の頂き付近にポツンと明かりが見える、かなり高い所だ。見えたのは暗闇の中にそれだけだったし・・狐火だったのかも・・・あぁ怖

 あと一つは石狩海岸に行ったら、砂浜に車で下りれる道があり、何台か浜に停まっている。それならとスイスイと波打ち際まで走ってストップし、海を眺めてさぁ帰ろうとエンジンをかけ走り出そうとしたら砂にタイヤがめり込んで空回りするだけ、そうかこのタイヤはノーマルだったんだと悔やんでも後の祭り。

 苦戦していたら観光中のアベックさんが、見かねて手助けを申し出てくれたがどうにもならず、近くに消防車が居たので引っ張って貰おうと頼んだが駄目だと言う。他に何人か人が居たがみんな知らん顔、結局海の家用か何かで置いてあった板を何枚か拾って来て、妻にタイヤの下に繰り返し敷かせながらやっと脱出、1時間以上無駄にしてしまった。

 道路に出て直ぐの喫茶店に入り「石狩の奴らは何て薄情な奴らばかりなんだ!と大きな声を上げたら、中に居た客が一斉に振り向いたので、妻に慌てて止められたんだ。

 観光を済ませ楽しく千歳空港から名古屋に戻ったら、留守の間に飛んでもない事が起こっていた。

2016_0506入丸八幡0027  2016_0506入丸八幡0024
 定山渓温泉街                         恵庭岳
2016_0506入丸八幡0023  2016_0506入丸八幡0020
 美苗峠                        昭和新山
2016_0506入丸八幡0002  2016_0506入丸八幡0016
 北海道大学                   有珠山より洞爺湖
2016_0506入丸八幡0011  2016_0506入丸八幡0012
 石狩海岸              北大ポプラ並木 (以降の写真は明日)

私の生涯日誌 その113

2019年  18日 08:15
2016.05.06の記事を転載

〇 平成元年父の三回忌に母と妻と3人で長崎のお寺にお参りに行く事にした。名古屋から車で若松の家に行き、一泊した翌朝から長崎に向け出発する、出発する時も途中の道路でも何ら問題は無かったけれど、もうすぐ長崎だと言う所で車のボンネットから白い煙が上がってガタガタと振動しだしたのでストップした。

 メーターの所のゲージにはオーバーヒートのマーク、これは大変だと丁度近くに工事現場があったので、バケツに一杯の水を貰いボンネットを開けて、取り敢えず其の辺にぶっかけたんだ。車の事は詳しくなくてね、実はこの車も家の近くの中古車販売店に並べてあった中から中型普通車で、見かけが綺麗な車を100万円で買ったのだけど、後で詳しい人に見て貰ったらエンジン周りは結構錆び付いていて、もしかしたら事故車じゃないかとの事。見かけだけで中を良く見もせずに買っちまったんだよね。

 母は心配そうにしているし、冷えたのを見定めてエンジンをかけたらちゃんとかかったし、下りの坂道だったのでのろのろと下ったら丁度ガソリンスタンドがあり助かったねぇ。全て点検して貰い無理しない限り大丈夫との事で安心したんだ。

 この車は以前にお客さんを載せて浜名湖CCに行く途中の高速道路で、バーンと大きな音がしてボンネットから煙がでて、サービスエリアのガソリンスタンドで点検したらファンベルトが切れて飛んでしまっており、取り敢えずはそのまま走った事がある。流石にこのままでは怖く平成2年に初めて新車を買ったのがシート本革の日産のローレル、ターボとか高速道路のアクセル不要装置とか機能も色々と付いて車体色もこちらの指定通り、初めての新車だったので少し贅沢をしたんだ。

 長崎に着いてからはお墓参りをまず済ませ、後は色々と観光したけれど松田源五郎さんの胸像に会ってから吉宗で食事をしたのは、恐らく母と一緒に長崎に来る事はもう無いのではないかなと何となく感じていたからかもしれないな。

2016_0502入丸八幡0001  2016_0502入丸八幡0005
永昌寺の我が家のお墓、武士の出だからお墓に笠がある。
2016_0502入丸八幡0007  2016_0502入丸八幡0011
禅林寺の母方のお墓。誰も家を継ぐ者が居ず、我が家が守りを続けている。禅林寺のすぐ横の坂を上った所に坂本龍馬の亀山社中がある。
2016_0502入丸八幡0013  2016_0502入丸八幡0019 
明治41年建立の銅像は戦時中に供出され、昭和59に設置された親戚に当たる松田源五郎氏の胸像(諏訪公園内)。右の写真はグラバー邸。 
2016_0502入丸八幡0015  2016_0502入丸八幡0017
茶碗蒸の「吉宗」前で。昔からの赤い大きな提灯が特徴。   浦上天主堂前の階段で。
2016_0505入丸八幡0020  2016_0505入丸八幡0015
平成2年購入新車日産ローレル、成田山でお祓い。

私の生涯日誌 その112

2019年  16日 08:00
又 私の生涯日誌に戻ります。
2016.05.04の記事を転載

 会社生活での記憶が曖昧な時は六日会メンバーの藤井博君とか元部下の藤井龍哉君に、確認したり教えて貰ったりする。龍哉君は昔の手帳をきちんと残しているので大変助かる。記録する事は、私の教えをしっかりと守っているからだろう(ハックション:龍哉のくしゃみ)二人の存在は生涯日誌継続に当たっての大きな助けとなっている。本を刊行する場合は最後のあとがきに良くお世話になった人への感謝の言葉が記されているが私の場合、色々と世話になっている今に、感謝を述べておきたい。(ハクション、ハクション:二人のくしゃみ)

〇物件の受注で大きかったものは中部鋼鈑向け圧延4段ミルの移設リプレース工事、受注金額44億円、これが私の全ての受注契約の中で最高額だ、当時の中部鋼鈑購買は安倍部長代理の時代である。二人で仕様の作成等で苦労した事を、いつ迄も「JOさんあの時は本当に苦労したね」 と嬉しそうに話をしてくれるとても気持ちの良い人だったが、ゴルフは下手だった。飲みに行くとスナックに三度笠や合羽を用意していて、歌いながら踊るユニークな人だったな。利益をかなりとっていたのを、当時の我社の支店長が中部鋼鈑の上層部に漏らしてしまい、取り過ぎだと後で問題になったんだ。そんな事を漏らすなんて信じられんよ。

〇中部鋼鈑のクレーンでは購買と大喧嘩した話は既に書いたが、その後の厚板をリフマグ(磁石)で吊り上げるパイリングクレーンは宮地鉄工所製で我社が受注した。これは原部長代理が以前の事で申し訳ないと思った訳ではなく、この様な大型特殊クレーンは明徳では未だ製作不能だったんだ。

〇私は機材特殊鋼部の機材チームからこの原料機材部に至る迄、やはり一番世話になったのは中部鋼鈑でありその中心の人はUさんだった。出会いの最初に「入丸ならいい」と言われた時から、何かに付け公私共にお世話になった。この人が居なかったら中部鋼鈑との取引もここまで進まなかっただろうし、誰にでも平気で偉そうな口をきく事も出来なかっただろう。Uさんを中心にして製造所の占部さん、村井さん、白木さん、永友さん、三宅さん、大橋さん、宮沢さん等々全てを書く訳にはいかないが本当に世話になった人ばかりだ。Uさんには日鐵商事を卒業した後にも色々とお世話になる。人間関係を本当に有難いと思わせてくれた人だ。

〇三菱長崎機工の鳥取工場設置クレーンに関しては、長崎の本社迄藤井君と二人で出張し無事3500万円で契約した。行きの途中に若松の我が家に寄って母の顔を見て親孝行し、夜は二人で若松の昔の馴染みの店で飲み、朝は5時に出発する強行軍、名古屋への帰りは大村空港からの飛行機便で翌日のゴルフの会に間に合わせると言う、未だまだ私も若かったねぇ。

2016_0503入丸八幡0010  2016_0504入丸八幡0002
 Nデックス水野専務、日溶工K所長、S光酸商石川社長。  Uさん(中部鋼鈑最終は専務)三橋美智也の「夕焼けとんび」の歌は最高だった。ゴルフも最後は完全に追い抜かれてしまった努力家。 
2016_0503入丸八幡0003
社内旅行の舘山寺温泉(静岡県)。東海支店とは別になるが、リース、食品とは未だ一緒。



徒然日誌  ボヤキ2∔感激

2019年  14日 08:30
〇 ラグビーワールドカップ日本大会で日本は昨夜スコットランドを破り、リーグトップで史上初念願の8強となった。にわかフアンの私もテレビ観戦で一喜一憂、勝利が決まった瞬間やったと声を上げたが、本当に疲れてしまった。もうこれ以上欲は出さないよ、日本ラグビー界の夜明けだよ。

〇 日本との軋轢は兎も角、世界からも見捨てられたような韓国の文政権、経済立て直しの秘策も当然無くて日本を誹謗することで人気を立て直そうと躍起となっているが、反って国内の不安を煽る始末。

 そこで文さんも考えたのだろうね、もう後がないし問題児の玉ねぎ男を法相に任命すれば世論を一層煽って引退せざるを得ない事態になる、自分の施策の無能さを問われて引退するのでは無く、表面的には曹国の法相任命が原因と言う事で最悪の理由から逃げられると、姑息なことを考えているのじゃないの。北朝鮮が祖国の大統領が考えそうなことだね。

 週刊文春の新聞広告の見出しに「韓国を壊す男」文在寅 怨念の原点とあったので440円も出して買ったけど記事はつまらない話ばかり、それにしても今週刊誌は440円もするのに驚いた、こんな雑誌買うんじゃなかった。

 追記 *15日のニュースで曹国が法相を辞任したらしい、親の心子知らず、文さん困ってるんじゃないの。
                                                                                   〇 関電の幹部連中が福井県高浜町の森山元助役(故人)から現金、商品券、金貨、小判、金杯、仕立券付き洋服生地等、なんと約3億2千万の賄賂を受け取っていた事件、会長以下4人が退職した経過の内容詳細は、皆さん報道で既にご存じと思うので省くが、それにしても貰うも貰ったりこの金額には感心するね。

 返そうと思ったが脅されて返せなかったとか、この賄賂の見返りは一切やってないとか、誰が聞いても信用出来ない事を平気で発表したのには開いた口が塞がらない。森山はいい時に死んだと思うが、彼の関係した多数の会社に関電からの支払いが流れ、当然それは市民の払った電気料金からであり、その会社から関電幹部に金が流れる循環の仕組み。

 それで貰った連中は返したくとも返せなかったんだと・・・。返せなかったら寄付として公表し、会社内部で積み立てて有効に使う事を検討するとか、将来の原発処理費用に充てるとか、森山が便宜を図れと言ってきたら金を返すと言えば済むはず。

 何やかやと言い訳しても、結局は賄賂を懐に入れたかっただけじゃないか。電力会社は公共事業では無いにしても公共事業と同じだろ、そんな金を受け取った奴は辞職するとか甘ったれた事で済まさず裁判にかけて監獄暮らしさせろよ。 こんな年寄りが犬の遠吠えみたいな事を言っても仕方ないか・・・。

〇 テコンドー協会が強化策の問題で何やらもめにもめている。理事、理事長の全員が辞職し身ぎれいになろうと副理事長、理事の女性二人が叫んでも理事長席にしがみついてる(だったか金原だったか)理事長は過去が貧しかっただけに、お金にも汚く手に入れたものは絶対に手放したくないんだと・・変な奴に見込まれてしまったんだなテコンドーも。ただ在日韓国人の方々に恥ずかしい思いをさせるなよ。

 スポーツ界でのもめごとは日本ボクシング連盟の山根然り、大抵理事長とかトップに座る人間の質が悪いのが原因だね、困ったもんだ。

〇 あれだけの大型台風、連日各地の災害の報道がされた中、愛知県一宮市は風も吹かず雨も降らず、亡き両親に守られて何の被害も出なかった。向田邦子の幼い日の想い出の記の「台風がくるというと、昔はどうしてあんなに張り切ったのであろう」 を同じ気持ちで思い出す。若松在の少年時代、広縁の大きなガラス戸を父や兄達と、畳でを支えて風対策をした懐かしい思い出を・・・。

  2015_0725早苗のちぎり絵0022
   ちぎり絵:コスモス


                                                                                                             

徒然日誌 ボヤキ他

2019年  12日 08:35
〇 月曜(7日)から始まった国会中継、見なければと思いながらつい忘れた。最近は思った事はビデオに入れておかないと、すぐに忘れて後で悔やむ事になる。

 火曜日は早速午前中の参院の中継を録音し、暇に任せて立憲・国民の長浜氏の代表質問を聞きながら、的を得た良い質問だと感心していたが、それに対する安倍総理の回答は、準備してきたものを早口で喋るだけ、いいことばかりをただ棒読みするだけ。質問に正面から答えようとしない首相の不誠実な政治姿勢に、途中であほらしくなって録画も消してしまった。

 もう衆院の代表質問も見ないよ。こんな事では国民は政治に関心を持たなくなるし、それが今の安倍政権の悪い流れなんだと妙な所で感心した。もう私の人生も終わりに近い、誰も聞く耳は持たないし今更ぼやいてもしょうがあんめぇよ

〇 長野市議選で「グレート無茶」とか言う変な覆面レスラーが当選し、覆面のまま議会に出ると言う。余程ブサイクか傷だらけか刺青でもしてるのと違うか。人間的に素晴らしいから投票したのならいいがどうも面白半分のようだ、ただ神聖な議会に覆面したままはないだろう。

 今度辞職したらしいNHKをぶっ潰す党だったかの立花に投票したような、国政や市政も面白半分で投票するような無知な人種が増えてきたのは嘆かわしい。長野市民さん、全国に恥をさらしたんだよ。

〇 スポーツの秋、ラグビーW杯日本大会では現在奇跡と思われるような3連勝、念願の8強進出へあと一歩、世界陸上では50k20k競歩で金、100×4mでは銅と誇れる成績だ。

 ただ男子マラソンの代表選手決定時にブログにも書いたように、何を基準にこの3名を決めたのかと不満を述べた記憶があるが、若い経験未熟な二人は兎も角、29位になった川内選手などもう賞味期限切れじゃないのだろうか。頑張っているとは思うがあの走り方ではもう期待は持てないよ。

 それにしても各競技に出てくる選手は国名を言ってもらわないとどこの代表か判らないほど色が黒い人が殆どだ。日本のラグビーも然り、国籍を取得するにはそれなりの条件はあるにしても、やはりスピード競技は同じ鍛え方をしても白人ではもう無理なんだろうな。

〇 韓国文政権問題、テコンドー理事長問題、関電問題、日米貿易協定、日本シリーズ等々未だ書きたい記事があるが次にしよう。 大型台風がくるとテレビでもその情報ばかりだが、8時30分現在、愛知県一宮市では未だ風も吹かず、本当に来るのかなと疑っている状況。

    2019_1011ocn0001.jpg
  蒼い薔薇

私の生涯日誌 その111

2019年  10日 08:25
2016.05.03の記事を転載

 昭和61年、加野支店長の後を継いだ楠支店長は大変物静かな支店長で、メーカーやユーザーの評判も中々良かった。ゴルフも良く一緒させて貰ったが、一つ特記する事は接待費の件で楠支店長が良かれと思って実施していた方式が後々問題となった。

 楠支店長は平成元年6月に取締役支店長を退いて常任監査役となったが、代わる前に「JO君、君は以前九州に帰りたいと言っていたが、その気が有るなら便宜を図っても良いが」 「もうこちらに慣れたので今は帰りたいとは思っていません」 「なら良いけど私の後任の支店長は君とは合わないと思うんだが・・・」と言われていたが、正にその通りだった。

 新任の鷲尾支店長は、図体が大きくて顔は昔の相撲取りの出羽ケ嶽を思わせる様な馬面にぎょろりと剥いた目と分厚い唇、見かけだけでも好感が持てない上に、親父が阪大教授で建築学の権威だったとかで態度迄大柄だった。楠支店長が気遣ってくれたのはこの事だったんだと合点したが後の祭り、その後色々な点でぶつかる事となる。

 まず接待費問題、楠支店長は最初の予算を各部に分配してしまうより、各部には必要最小限度を分配しておいて大半は支店長席が持っておく、楠支店長は余り酒を飲まないタイプで接待も好みではなく、せいぜいゴルフ位なので、支店長分も含めてかなりの金額の接待費が残る。各部で必要な接待があれば届けあり次第、支店長席にある枠を使用しても良いとの方針であった。

 ところが新支店長は支店長席の接待費は当然支店長分だと我々の説明を受付けない。勝手気ままに使いまくり、本社の新日鐵出身のM専務が名古屋営業所時代に通いつめたクラブに専務が来る度連れて行くばかりか、そこのママの誕生日には10万円以上もするバラの花束を贈呈する、勿論接待費からだよ。

  ある日の支店長との会話「君の所のユーザーは私を一度も接待しないがどうなっているんだ、鋼板部は奥村部長がいつも特約店からの接待をお膳立てしてくれるが」  だと。冗談じゃない、鋼板部はメーカーのロール枠欲しさに特約店が接待してくるのは常套手段だが、原料機材部のユーザーはこちらが接待しなければならない先ばかりなんだ。

 私がメンバーの愛知CCは鷲尾支店長もメンバーになったが、そこのキャディがいつもぼやくんだ 「お宅の支店長さんどうにかしてよ、ミスショットするとキャディの所為にして文句ばかり、誰もがキャディとして付くのを嫌がるんだけど」 だそうだ。

 原料機材部の旅行や催しは結構楽しく過ごしたな。我が部の連中は皆和気藹々でいつも楽しそうに過ごしていたので、よその部からは本当に羨ましがられていた。私にとって、支店長より部内の連中の方が大切だったからね。だけどこれは出世を目指すサラリーマンとしては失格だけどね。

2016_0502入丸八幡0002  2016_0502入丸八幡0006
本当に嫌いだったんだろうね。数年一緒に居たのにこの横顔(右)の写真一枚しかない。横顔は未だ見た目良い方だ。   右の写真は西春の我が家への帰宅途中にあるスナックポプリ、ここで部の忘年会した時の写真。娘が便乗参加、古ちゃんの隣にチャッカリ。
2016_0502入丸八幡0012
当時の部の旅行には人数の少ない日鉄リースや食品、東海支店も一緒に行く事が多かった。前列右から3人目、後で問題を起こした佐藤君。

私の生涯日誌 その110

2019年  08日 08:35
2016.05.02の記事を転載

 溶材チームのリーダー寺儀君は憎めない男である。仕事はまあまあ、ゴルフはいつ迄経っても上達しない、歌は今でこそ聞かれるが基本は音痴、その音痴が良くて接待でも良く歌わせられていた。麻雀は下手、接待麻雀でも場を考えず見境なく上がる時に、テーブルの下から足で蹴った事がある、それでも何の意味か解らず「何ですか?」と不審そうに聞く、そんな男である。今でも日溶工のK所長が「寺儀君、君はねぇ、言ってる事がサッパリ解らんのだよ、JOさんみたいにきちんと整理してから話しなさいよ」と言っていた言葉が耳に残る。

 この寺儀君が一つ素晴らしい発案をした。「六日会」の企画である。社内の六日生まれの者で会を造り何か行事をしようと言うのである。早速に調べたメンバーは小生(5月6日生)、藤井博(8月6日生:H元年中日特殊鋼に出向、最終社長就任)、藤井義勝(6月6日生:神戸商店出向常務)、寺儀和夫(11月6日生:最終日鉄溶材販売常務)、古田智美(8月6日生:現在も勤務中)、田中理恵(5月6日生:社内結婚後脱会)の丁度6人、一番大切な性格は全て合格で以降周囲も羨む楽しい会が始まったのである。

 飲み会は勿論の事、観光地巡り、一泊旅行、パターゴルフ等々幹事持ち回りで、幹事になった者が企画し年に最低2回は実施するのが発足から約30年経った現在も続いているのは驚きである。

 6日生まれであれば誰でも入会可能で結構出入りは多かったが、結婚の一人を除いて発足時の6人中、現在も5人が残っているのは、如何にこの会が楽しく居心地が良いかの証拠である。途中で16日生だとか26日生だとか入会を希望する者が居たのを断っていたが、そろそろ幅広い人材を求めて性格の良い者だけを入れようと言う事になり、その最初が大野君と中部鋼鈑出身の荻島氏であった。現在皆髪も薄く白髪ばかりだけれど最年長の私を含めて全員元気溌剌、次回開催を楽しみにしている。

 追記事項① この会を真似て同じ誕生日のメンバーを探した男が居たが、嫌われ者の鷲尾支店長が同じ誕生日と判り即刻募集を止めてしまった。② 発足時のメンバー男性4人の内、私だけが役員の経験が無いのは何故だろう?

 *来る2019.11.09 寺儀君幹事で六日の菖蒲会(元の六日会:途中で会名変更)が開催される。もう何回目か忘れたが彼の行きつけだったシャンバラが会場だ。ただこのスナックには珍しくカラオケが無い。歌に自信の無い寺儀君が良く行っていた理由が良く判る。

2016_0430入丸八幡0002  2016_0430入丸八幡0005
2016_0430入丸八幡0006  2016_0430入丸八幡0016  
六日会行事 上段:黒シャツ女性が理恵ちゃん。下段:創設者4人、義勝、博、寺儀、小生。                        右写真 前列:荻島、古田、大野。
2016_0430入丸八幡0022  2016_0430入丸八幡0024
2016_0430入丸八幡0026  2016_0430入丸八幡0028
上段:パターゴルフ  継鹿尾山寂光院。   下段:恵那峡  岩村城跡。  全て年代はかなり後。 

私の生涯日誌 その109

2019年  06日 09:19
2016.04.30の記事を転載

 部長になって機材は兎も角溶材、原料チームの仕事を覚える事を優先した。溶材チームは新日鐵系の日鐵溶接工業㈱と大同特殊鋼㈱の溶接棒と溶接コイルを我社経由で特約店に販売する業務であり、特約店にはNデックス、S光酸商、SK商会、K栄興業、M澤機械商事等があった。

 業務であるメーカーとの仕入れ価格や取扱い量の打ち合わせはリーダーに任せており、私はもっぱら特約店の社長や部長とのお付き合いや日溶工のK所長、大同のK課長との付合いに専念した。又日溶工の花菱会、ニッテツ溶友会の会合やゴルフには全て参加していた。

 日溶工のK所長は中々ユニークなおじさんで日本酒好き、麻雀好きで結構遊んだが家庭での趣味は菊造り、立派な菊を作り上げては品評会に出していた。私も勧められて苗を貰い手入れ方法を教授されて作った事もある。大同のK課長は一見強面だが話せば判るタイプ、ゴルフ好きでドライバーのヘッドが金ピカのクラブを使っていたが、あれは自社製のチタンだったのかな。

 原料チームは本来市中の業者に集めさせたスクラップを中部鋼鈑を主体に販売納入する業務であるが、チーム内に同居する竹内商店と称するブローカーが取り扱う中古鋼材をゼネコンや商社に販売する業務も行っていた。担当の佐藤リーダーはこの業務を長くやっているベテランであり、その面では私自身佐藤君に仕事を任せていた所があった。

 中古鋼材の取り扱いについての打ち合わせは、流通の日商、大倉商事、住友商事等が、竹内商店や韓国からの輸入を受け持っていた大洋鋼材工業と我社の会議室で行っており、当初相手方の部長や担当者の紹介は受けたが「部長は中古鋼材は余り判らないでしょうから私に任せて下さい」 と言う佐藤君の言葉で任せていたのは事実であった。後日この中古鋼材が大きな問題を引き起こす事になる

2016_0429入丸八幡0001  2016_0429入丸八幡0005
花菱会仙台 小生、Nデックス水野常務、S商会榊社長、日溶工K所長。    楠支店長、大同小林課長
2016_0429入丸八幡0007  2016_0429入丸八幡0012
部内旅行、右端竹内社長         私が作った菊の盆栽



私の生涯日誌 その108

2019年  04日 08:12
2016.04.29の記事を転載

 部長時代は各チームの関係メーカーやお得意さん関係の訪問や付き合いが多く、担当時代の様な逸話も武勇伝も余り無い。その期間の起こった諸々の出来事を列記する事にした。家庭と仕事と混ざり合う事はご容赦戴きたい。

〇 ゴルフ記事の続きで当時良くプレイしたゴルフ場(愛知CC以外)と記録に残って居るスコアのベストグロスを( )に記入する。記録を残しているのはS59年~S62年迄だ。南山CC(85)、三好CC西(94)、スリーレイクスCC(86)、桑名CC(91)、岐阜関CC(91)、東名古屋CC(93)、木曽駒C(86)、犬山CC(92)、名古屋広幡GC(88)、緑ヶ丘CC(87)、葛城GC(90)、富士CC可児(90)、レイクグリーンGC(88)他・・・現在中日クラウンズが開催されている名古屋GC和合も5回位行ったが記録が残っていない。グリーンが難しいコースだったがキャディがお高く止まっているのが不愉快な印象で残っている。メンバーの爺さん共が甘やかせるので、ビジターを見下してた印象があったな。

〇 ゴルフ会員権が投機の材料になって価格が高騰した時期があった。名古屋支店鷲尾支店長時代に、今所有の会員権以外に三好CCを買いたいと申請し9000万円で購入したが瞬く間に1億3000万位に値上がりした。これに味をしめたオッサン、和合の出物があったと中部鋼鈑の子会社シーケー商事から1億4000万位で買う約束したんだ。その頃から値が下がり始めていてね、契約前なのに中部鋼鈑に遠慮して断りきれず、会員権入手時は既に原価割れ。何年か後に手放した時は三好で売却値約2000万円、和合で5000万円位だったそうだ。仕事も出来ない男はこんな事でも会社に迷惑をかけるもんだねぇ。

〇 S63年頃中部鋼鈑のS社長(新日鐵出身)と杉山(取)購買部長と我社楠支店長とで接待麻雀した時に、早い段階で私が国士無双をてんばったんだ。リーチをかけずに回していたらS社長が当たり牌を振ったんだ。一瞬ドキッとしたけど見逃したんだよな、接待麻雀だろ。楠支店長から出たら上がろうと待ち構えていたけれど結局その場は流れてね、私はノーテンとして牌を崩したんだ。だけど不思議なんだねぇ、それからツキが逃げちゃって全く上がれなくなった。結果は私の大負け、馬鹿だったかなぁ。

2016_0429入丸八幡0006
溶材チーム関係の会合、日鉄溶接工業の花菱会に出席。