徒然日誌

 昨日今日と素晴らしい天気で気分が落ち着く。これから先は妻の好きだった桜の季節になる。

 今のベランダには梅が咲いてるだけと言っても良い。妻がきれいに育てたカランコエ?は今は2鉢が枯れ、残った2鉢も半分以上枯れてしまっている。何故か良く判らないが妻の死を悲しんでいるのかな。

 梅を切って供えれば良いのか、このままの方が喜ぶのか、やはり桜が咲いたら供えてやる方がいいだろう。
 
今日は何もすることがない。

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徒然日誌

  また嫁さんの話かとうんざりされる方もおられると思うがご勘弁願いたい。

 一昨日が妻の百ヶ日だった。もうこんなに経ったかと思うが彼女は未だ私の傍にいる。この日は本来お墓に納骨し和尚さんにお経を唱えてもらう日である。だが妻の遺骨は未だに仏壇の横に置かれている。

 簡潔に説明すると納めるお墓が私には未だ無いからである。これからの話は簡潔ではないが、お墓に関して私が今迷っているのは事実だ。以前話をしたかも知れないが、母方には我々以外親族はなく長崎の墓を私が管理を続けていたが、私も年を取り子供達に頼むのも気の毒と思い、昨年更地にしてお寺さんに返したが70万円の費用を要した。

 私が言いたいのは昔と違って、子供達もその地に居続けるかどうか、遠隔地になればお参りすることすら難しくなる。

 最近はいろんな形式の供養もあり、宗派に関係なくお寺さんに永代供養込みで遺骨を預ける事も出来る。私の本当の気持ちは小さな樹木葬みたいな芝生に二人が入れる簡単なお墓がいい。昔みたいに権威を誇示するようなお墓はもう時代遅れだ。

 大きなお墓が買えないものだから言い訳かと思われても仕方がないかな・・・だけど夫々の家庭の仏壇で手を合わせてもらう方が本当は成仏出来るのではないだろうか。お寺さんは3回忌まで家に置いていて良いとは言うが、さてどうしたものか。

 百ヶ日当日、花を飾りご飯を供え私が般若心経、修証義、舎利礼文を心を込めて唱えた。私自身は妻の遺骨をいつまでも側に置いておきたいが、そうはいかないだろうな。

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 私は毎日般若心経の写経をしているが、妻の死後、写経の裏に毎日妻充ての手紙を書いている。簡単な文章だが気持ちは込めているよ。妻の写真の横の仏様は、妻が作ったちぎり絵だ。写真では判らないが、どちらの額にも同じ場所にほくろがあるんだ。

徒然日誌 


 一度休むともうダメだね、短い文章でも載せて行く努力をしないといかん。
 以前に愚痴ったこともあると思うが、去年の四月に少し耳の調子が悪いと診てもらったら、何も言わずに鼓膜に穴をあけ、言い訳かどうか判らないがやはり膿んでましたよとちらっと取り出したものを見せて以来、全く治らず今も医者通いが続いている。

 現状は最初に診てもらった時より症状は良くない。毎日膿が流れ出るしどくどくと脈の音が神経に触る。最初に飲んだ抗生物質が全く効かなかったので今は服用する薬はなく、手当は水で洗うだけの繰り返しだ。医者は体調の変化で悪い時もあるが根本的には悪化している訳ではないので体力で治す以外にない様な言い訳をする。

 鼓膜に穴を開けパイプを通しているので膿が流れ出るが、塞いだら又穴を開けざるを得なくなる事もあるので、このまま続ける以外にないとのこと。もう10ヶ月だぜ、ここは個人病院なので、セカンドオピニオンで大手総合病院に二か所診てもらったが、穴を開けた状態ではこのままでいいんじゃないですかと言うばかり。

 今は二日に一度耳掃除に行っているが、時間もかかるし夜は睡眠導入剤を飲まないと眠れなくなったし、どうしたらいいのか、行かないと文句の言いようもないし悪くなってないと言われるだけに、これからもこの状態が続くんだろうな。

 約4キロの酸素ボンベを背負って、車では助手席において、そうでなくても毎日疲れている老人の愚痴になってしまったな。やりきれん。今から夕飯の支度もせないかんし本当にやっとられんな。ばあさんそろそろ迎えに来てもいいよ。

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何も写真を準備していないので昔のちぎり絵を  ひな祭りも近いしさ。
 

気持ちを新たに

 ブログを毎日続けるだけのネタもないし、一人暮らしになるとちょっと油断するだけで食パン一枚の食事になってしまうこともある。食事の苦労をしないで済んだだけでも妻は本当に有難かったねぇ・・・・また話が後戻りしそうになってしまった、いかんいかん。

 妻が癌病棟に入院している時に、私は肺気腫の悪化で同じ病院の呼吸器の病棟に入院していたのもおかしなめぐりあわせだったとも言える。私は20日間入院していたが、最終的には酸素吸入を家に帰っても続け無ければならなくなったことは辛いことだった。血液中の酸素量不足が原因と思われるが、太もも迄脚のむくみが広がったのが最初の兆候だった。呼吸も、歩く時の息苦しさが次第に酷くなり、階段を上がるのも無理な状態になってきていたので、酸素供給装置の装着は仕方のない事だったと思う。

 肺気腫は肺胞が壊死する症状だが、私の場合は左右の肺の半分が駄目になっていた。原因は元々弱い肺に、タバコの吸い過ぎが追い打ちをかけた訳だが、肺気腫は治す治療法が無く、生き残った肺を温存させる為の治療をする以外にないのは、後の祭りながら残念だったとしか言いようがない。

 妻の死後一段落ついた頃に、最後に勤めた会社の会長(当時は社長で退社後も9年に亘り毎月飲んだり食べたりご馳走になっていた)から、自分も肺気腫になったが「健康365」と言う医療雑誌に掲載されている黒プラチナ(正式商品名純パラグラール水)を飲み続けたら呼吸が非常に楽になったのでお薦めしたいと、5本入りの箱9箱合計45本が送られてきた。

 最初の一日に5本を飲み二日目から3本を続けていくとの説明に(1本直径1.5cm高さ5cmの小瓶)気楽に飲んでいた途中、ネットで調べてびっくり仰天、なんと5本入り一箱12,960円(1本2,592円)、9箱で116,640円もしたんだ。

 価格には驚いたが厚意に甘えて大切に飲み続けたけれど、結果的には痛みがなくなったのなら判るけど、呼吸が楽になったかどうか明確には判断出来ずにいる事を正直に話をすると、もう少し続けてみましょうと又4箱が送られてきた。こんな高価なものを貧しい自分には到底購入して続ける事は出来ないが「城さんが少しでも楽になって酸素が外せる様になれば・・」との好意の言葉に甘えているのが正直な話だ。

 効果が上がらなければと思うが症状は先に述べた通りで、ただ事情を知らない訪問看護の人から、「会話をしている時に息切れが無くなりましたね」と急に言われ、自覚出来ない効果が表れているのかとほっとしたのは事実である。

 未だ頂いたのは残っているが、この金額で果たして続けられるのか、効果がもっと明確に表れていれば命には代えられぬとの決断も出来るが、今は難しい状況に頭を悩ませている。ただ私の体を心配してくれている会長の好意にはただただ頭が下がる思いとしか今は言いようがないんだ。

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黒プラチナと我が家のベランダの梅の初開花

 2020年12月12日に追憶のタイトルで記事を載せて以来2ヶ月になる。知人からそろそろとの言葉をかけられていたが、いざパソコンの前に座ると書き出しが出て来ない。やっと気持ちが前向きになった時に写真の添付方法をすっかり忘れているのに気づいた。
 どう考えても、画面を開いても全く思い出さない。何でや、確かに12月の記事にはどうしても添付したい気持ちが強く、写真添付を息子にやってもらいながら自分はぼんやりしていたのだろうか。

 考えてみたら、2020年9月15日迄「私の生涯日誌」の昔の記事を転載するばかりで、実際に写真を添付した徒然日誌の記事は5月に2回あるだけでそれ以降無く、8ヶ月の間にこの老人はすっかり記憶を失っていた。記事を書いても写真添付が出来ないのでは100%のブログにはならない、早速友人でブログを長年書いているD君に問い合わせるも、ブログのやり方には各種あり、彼のと私のはどうも違うようだ。

 彼の意見に従い、いつもパソコンの修理を頼んでる個人会社のT社に持ち込んで教えてもらったんだ。その社長も余り詳しくなさそうだったが流石専門、少し時間を要したが私が理解出来るまできちんと教えてくれた。教授料2,200円、何となく高いなとは思ったが出来る様になったんだから仕方ないか。家に帰って早速繰り返しテストした後ノートに詳細に記録した。

 このブログには何としても写真を載せたい、今ある写真は妻の最後の写真ばかり、考えた末祭壇に飾った写真とその基となる、2年前私の80歳の誕生祝いに子供と孫達が恵那峡に旅行を計画してくれた時の写真の一枚を載せる事にした。

 当時の幸せだった想い出の写真、本人も満足してくれていただろう。妻は当時81歳、亡くなった時もそうだったが、余り皺もなく綺麗だったよ。性格も良かったし無念としか言いようがない。

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追憶

 妻が亡くなって既に1ケ月が過ぎた、早いものである。精神的には平常に戻ってはいないが、妻の遺品のちぎり絵の中に最後の作品と思われる紅葉の絵のちぎり絵を見つけたのでこれだけをブログで披露したい。以前ブログ仲間のごくさんが描いた紅葉の水彩画を真似して作ったものである。随分長い間ブログを書いていなかったので写真を添付する方法を忘れてしまっていたが、方法を記したメモを見つけてやっと実行出来た。紅葉だけに何とか今年のうちに載せる事が出来ほっとしている。

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気持ちが落ち着いたら改めて妻の思い出などを記していくつもりだが、今回は念願のこの作品を載せるだけにした。

徒然日誌

色々と途中経過を報告しておりましたが、残念ながら昨夜妻は亡くなりました。これも運命と諦めておりますが、当分ブログを書く元気はありません。励まして戴きました方々に厚くお礼申し上げます。

徒然日誌  退院

昨日11月2日に無事退院した。22日間の入院だった、コロナではないよ。私は肺気腫と診断されて約9年、肺の約1/2が死滅している。肺気腫には直接効く薬は無いので死んでしまった肺は生き返る事はない。残った肺を如何に生かすか、その為に目下吸入薬を毎日吸引しているが、効果があっているのか自分では判断出来ず、月に一度定期検診を受けレントゲン検査、血液検査と血中酸素量を測っていた。血中酸素量は正常な人で98%以上、私の場合は92~93%だったが、酸素吸入装置を常に着けて置かねばならぬ80%台を何とか免れていた。

 1年位前から両足の膝から下が腫れぼったくなり、一時期は足を高くして寝れば翌朝は治っていたものが、次第に治らなくなり、この数週間で遂には太もももパンパンになり、脚だけみたら力士の様な状態になってしまっていた。足が腫れるのは、本来心臓が悪く血流に問題がある人に多いのだが、私の心臓は二つの病院で調べても全く問題なしとお墨付きが出ていたんだ。

 足の腫れは血流を良くする為に歩くのが良いと言われているが私は肺気腫で歩行が苦手、残るは利尿剤しかなく、ただ私の主治医は利尿剤の使用を躊躇しており、明確ではないが私の前立腺炎の悪化を危惧していたのかも知れない。前述した様にわたしの心臓は悪くないが、肺が悪い為に心臓の働きを低下させている可能性があり、静かにしている時は酸素量92%でも少し動き回れば80%台に落ちているのが原因であろうと判断され、大手の一宮市立病院の呼吸器科と循環器内科へ紹介状と共に送り込まれ、即刻入院となった訳である。

 種々検査の結果酸素量不足が明確となり、入院して常時鼻に酸素を送る酸素療法が行われると同時に利尿剤を飲むことで足の腫れをなくす治療が行われる事となった。利尿剤の効果は覿面で入院の12日に71㎏あった体重がみるみるうちに減って10月末には63.5㎏となった。病院の不味い食事も要因にあったが、要するに水膨れだったので今は脚は皺だらけになっている。

 退院となっても結局は酸素を取り外す事は出来ず、家に酸素発生装置を設置し外出の為のボンベ車、簡易リュックをメーカーが貸し出してくれた。酸素発生装置もC-PAP(無呼吸症候群)と同じメーカーで両方合わせて月約9千円の出費となり死ぬまで続くんだ。

 私がブログを休みにしたのは、私が入院したからでは無く、私より重い病にかかっている妻の看護があるからで、私が入院するとは思いもしなかった。妻は一応退院して目下家で療養中なので、大分から駆けつけてくれた娘と介護に当たる事になるのであるが、私も退院したとはいえ病人は病人、娘に負担をかけないようにしなければならない。今日は退院報告であると共に、ブログは未だ暫くお休みさせて戴くお詫びである。パソコンを開いたら沢山の訪問して戴いたブログが溜まっていた。申し訳ないが少し間引きさせて戴く事をお許し戴きたい。早く追いついて自分もブログを載せる元気を取り戻したいと願っている。

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私は孫です。
祖父が10月12日に突然入院してしまいました。
パソコンを持って行っていませんので、ブログを開く事が出来ません。
ご容赦ください。

退院後にまた再開いたします。

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暫く病院通いが続きます。誠に勝手ながらブログを暫くお休みさせて戴きます。
ご愛読頂いていた方々には誠に申し訳ありません。
早く復活出来る様に努力いたします。又ご訪問戴いた方々のブログも読むことが出来なくなります。
重ねてお詫びいたします。   エースの城